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 港区虎ノ門四丁目、グロリアスタワー虎ノ門四十一階の夏木十蔵邸に続々と集結する警視庁の捜査員達。夜半の時間帯を考慮してサイレンを鳴らさずに現場に到着した警察車両が地下駐車場に何台も飲み込まれた。


 神田美夜のスマートフォンの記録によると木崎愁から着信が届いた時刻は12月8日の午前1時7分。自宅で就寝中だった彼女の眠気は一気に覚め、愁との通話終了後すぐに捜査一課長の上野恭一郎に連絡をとった。


現場の確認と保全の命令を上野から受けた美夜は手早く支度を整えて赤坂の自宅を出た。上野の手配によって途中で合流した虎ノ門四丁目を管轄する愛宕あたご警察署の刑事と共にグロリアスタワー虎ノ門に向かった。


 警察の到着に夜勤担当のコンシェルジュは狼狽する。最上階で発生した殺人事件にまったく気付いていない様子のコンシェルジュは美夜が夏木伶の来訪を訪ねると戸惑いがちに首肯した。


コンシェルジュの証言では夏木伶の来訪時間は7日の22時半頃。10分も経たないうちに伶がロビーに戻ってきたので、コンシェルジュも奇妙には感じていたそうだ。


 マスターキーで四十一階の夏木十蔵邸の鍵を解錠した時点で時刻は1時50分を過ぎていた。

リビングで夏木十蔵の遺体を確認。死後3時間から4時間程度と見られ、伶と愁の来訪時刻と一致する。


 現場の状況は愁の話通りだ。夏木十蔵の首には伶に首を絞められた時に負った傷痕が残り、頭は二発の銃弾で撃ち抜かれている。

夏木十蔵自身も、彼が倒れていたソファーや真下のカーペットも血まみれだった。この光景を玄関で待機させたコンシェルジュが目撃すれば卒倒しただろう。


 現在は鑑識係と捜査員が入り乱れ、数分前に夏木十蔵の遺体が運び出された。美夜がグロリアスタワー虎ノ門に到着してすでに1時間以上が経過している。


彼女の側には上野一課長と九条大河がいた。上野は南田刑事と通話中だ。


『わかった。そのまま向かってくれ。……東京メトロ側に確認がとれた。神谷町駅の防犯カメラに夏木伶らしき人間が映っていた。22時45分頃に中目黒行きのホームにいたようだ』

「やはり五反田に出られる方向に向かったのでしょうか?」


 神谷町駅は日比谷線。その路線沿いの主要な繁華街は六本木、恵比寿。

大橋雪枝の自宅がある五反田に行くには恵比寿駅で山手線に乗り換えだが、伶が新宿や渋谷で夜を明かすつもりでも五反田へは山手線を使えばいい。


『この寒さだからな。外で夜を明かすのはキツい。五反田から新宿まで範囲を広げてカプセルホテルやネットカフェを中心に夏木伶の捜索を開始した。朝までに見つかるといいが……』


 防犯カメラで確認した夏木邸訪問時の伶の服装は黒のチェスターコートと白のニット、グレーのパンツ、横長の黒いショルダーバッグを肩から提げている。特徴があるとすればショルダーバッグの形や素材くらいなもので、伶と似た服装の二十代男性は繁華街に出れば山ほどいる。


雪枝と彼女の両親は小山真紀が保護に向かった。雪枝達は五反田の自宅から今夜中に警察が用意した施設に移動させる手筈てはずだ。


 新たな情報が上野のスマホに入った。相手と二言三言のやりとりを交わして通話を切った上野の表情は険しい。


『神奈川県警からの連絡だ。鎌倉に住む夏木十蔵の妻の朋子も自宅で殺されていた。頭を撃ち抜かれていたそうだ。この状況だと十中八九、木崎の仕業だな』

「私と通話している時は運転中のようでした。電話を切る直前に、舞ちゃんを解放してあげたいと……。彼は夏木家と舞ちゃんの繋がりを完全に絶ち切りたかったのかもしれません」


 電話の最後に愁が呟いた『ごめんな』が頭から離れない。

木崎愁の行方は追えていない。愁のスマートフォンの電源は切られて一向に連絡がつかず、鎌倉の別邸にも愁の車はなかったそうだ。


 トロイの木馬がジョーカーの役割。そんな悲しい結末を覚悟して彼はこれまで……。

愁を想うと心が裂けて血だらけになる。赤い血の滲む心の痛みを、美夜は捜査で誤魔化した。


 室内には金属が擦れる音が響いている。長時間耳にしていると頭が痛くなりそうな甲高い金属音が止んだ直後、リビングの一角に垂れ下がるアコーディオンカーテンの内側から捜査員が駆けてきた。


『一課長、扉開きました』

『お疲れさん』


音の正体は電動工具の作動音だ。アコーディオンカーテンの向こうには重厚な鉄の扉があり、扉を開けるには予め登録された虹彩認証と指紋認証、パスワードがなければ開けない仕様だった。

厳重なセキュリティで守られたこの部屋にはがある。


 電動工具を使用して蝶番ちょうつがいが破壊された開かずの扉が、無理やり口を開かされて美夜達を迎え入れた。

上野、美夜、九条の順に秘密の部屋に入室する。入ってすぐに彼らはその部屋の目的を理解した。


 六畳程度の広さの室内にところ狭しと並ぶ棚にはアタッシュケースが整列する。手近なケースを引き抜いた上野は開いたケースの中身を見て皮肉混じりに呟いた。


『夏木十蔵はこの部屋に武器を隠し持っていたのか。警察の保管庫でもここまでの種類は揃えていない。まるで武器商人だな』


 棚とケースには番号と銃の名称を記したシールが貼ってある。銃の種類もざっと見た限りライフル、拳銃、散弾銃とあり、拳銃だけでもベレッタ、グロック、トカレフやマカロフなど、メジャーな拳銃は一通り揃っていた。


美夜は棚の前に放られた空のアタッシュケースを拾い上げた。

ケースに貼られた名称と同じ銃がこのケースに入っていたのなら不在の銃はワルサーPPKで間違いない。木崎愁の愛用銃だ。


『木崎は銃を所持して逃走してる。早く見つけないと無関係な人間が巻き添え食らうぞ』

「一般人相手に乱射する人じゃない。あの人は殺しのターゲット以外の不要な殺人はしない人だから」


 九条にはそう諭したが、現状、愁は銃を所持したまま姿を消している。夏木十蔵に二発、朋子に一発、愁の銃には残り何発の弾が入っている?

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