2013年【行人】「優子さんの行方、探してくれない?」
夕食を終えて、食器を洗ってからホットコーヒーを二つ淹れた。兄貴が家に帰らなくなった日と優子さんと連絡がとれなくなった日は奇妙に一致していた。
嫌だなぁ。
関係ない偶然と片付けてしまっても一向に構わないはずだった。
実際、行方不明になっているのが兄貴でなければ気にしなかった。僕らが住む岩田屋町は決して大きな町ではない。嫌でも兄貴の噂は耳にも入ってくる。
兄貴がよくつるんでいる連中に「俺はやくざの息子だ」とのたまうアホがいるのを僕は知っていた。
やくざ。
里菜さんの顔が浮かんだ。妙に苛々していた。
もちろん僕に乳を揉まれそうになって腹が立ったとも受け取れる。けれど、普段の里菜さんであれば、もう少しからかうようなことを言うはずだった。
僕はリビングのテーブルで大学の課題をしている秋穂の前にマグカップを置いて、その向かいのソファーに腰を下ろした。
「ねぇ行人」
「なに?」僕はテーブルの上に置いていた文庫本を開いた。
「優子さんの行方、探してくれない?」
「それは警察の仕事」
「今月の食費、免除してあげる」
濃いコーヒーに口をつけ、文庫本の字面を追いながら考えてみた。
「二ヶ月分で」
「しようがない。その代わり、分かったことは全部報告」
「了解」本を読む格好を維持して僕は頷いた。
秋穂がマグカップを包むようにして
「いつも、ありがとう」
と笑った。
コーヒーのことか、他のことか分からず「はいはい」と曖昧に返した。
――――――――
僕と秋穂は幼稚園の頃からの幼馴染だった。
関係は秋穂の兄いわく、お姫様と用心棒とのことだった。僕が用心棒で秋穂がお姫様。
女の子はか弱いから守らなくちゃいけない、と父親に教えれた幼少期の僕は秋穂とよく一緒にいた。
当時の秋穂は僕よりも活発で我儘で、か弱さなど欠片も見受けられなかった。それでも二回だけ秋穂が泣いた姿を僕は見たことがあった。
その涙を他人に見せない為なら、普段の我儘なんて何でもなかった。
僕が秋穂から離れたのは十八歳になる年の夏だった。
兄貴が東京で作った借金を両親に立て替えさせ、更に地元で遊び呆け始めた。以前から兄貴を嫌いだった僕は心底うんざりした。
アルバイトで貯めた金で僕は家を出て、どこか遠くへ行こうと思った。
ずっと住んでいた家を出ていくことに僕は何の躊躇もなかった。僕が出て行くのは当然のことだ、とさえ思っていた。
アルバイト先に最後の挨拶をしにいくと先輩の藍が声をかけてきた。
僕は軽く事情を話すと
「じゃあ、うちにきなよ」
と誘ってきた。
渡りに船と僕は彼女の一人暮らしの部屋に転がりこんだ。
藍は僕と知り合ったアルバイト以外にも二つ掛け持ちをしていた。働くのが好きなの、と彼女は言った。僕はそんな彼女の代わりに家事をこなした。
一緒に暮らしはじめて知ったが藍は嫉妬深く、時に残酷な人だった。僕が学生時代の女友達と会ったことを知ると、部屋にあった僕の服を全て捨て、僕の携帯を初期化してしまった。
お前は外に出ず誰にも会うな、そういうことらしい。
室内で下着一枚で過ごす生活を一ヶ月続けた末に藍はようやく僕に新しい服を買ってきてくれた。その時点で主従関係は明確になっていた。
僕は藍の奴隷だった。
そんな生活を二年近く続けた頃、雲行きがあやしくなった。
藍が他の男を連れてきたのだ。部屋で夕食をとった後、三人でやった。藍とキスをする度に他の男の唾液と自分のが混ざっているのだと思うと吐き気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます