2013年【行人】僕達はいかにして始まり、終わったのか。
部屋に戻って玄関の電気を点けると、一枚のメモ用紙が落ちていた。
玄関ポストから入れられたらしいメモには、
『電話に出ろ!
メールを返せ!
至急!
あずきより』
とあった。
あちゃー、と思って僕は携帯を開いた。
田中さんに電話する時に気付いてはいたけれど、後回しにしていて忘れていた。
僕はメールだけ返すことにした。
『詳しい話は明日します、ごめんなさい。
貴女の奴隷一号、行人。』
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し飲み、何かすると言う気になれずベッドへと移動する間に携帯が震えた。
開くと、あずきからの返信だった。
『必ず。』
だけだった。
恐ぇよ!
と思いながら、僕はベッドに寝転んだ。
幻であれ朝子と喋ったからだろうか、気持ちは落ち着いていた。
少なくとも動揺して、あずきと陽子へ電話をした時に比べれば格段に冷静だった。
問題が目の前にあり、後はその解決に尽力する。
物事は整理され、あるべき所に配置されつつある。
後は、あらゆるものを疑いながら、考え貫く。
それは一人でやらなければならない。
現状、陽子に示された考えるべきことは二つ。
一つに、どうしたら秋穂に次は黙って去られないか、がある。
答えらしいものが、田中さんの話を聞いている時に浮かんだ。
僕と秋穂の関係の根幹。
僕達はいかにして始まり、終わったのか。
終わりは井口という第三者によって行われた。
では始まりは?
僕たちの始まりはどこにあったのだろう。
僕と秋穂の関係は、ナツキさんいわくお姫様と用心棒とのことだった。
僕はいつから秋穂の用心棒としての自覚を得たのだろう?
考えてみると、それは海に落ちた月を秋穂と見た時だった。
――――――
小学五年生の春過ぎに秋穂が不登校になった。
具体的に何があったのか僕は予想さえできなかった。
ただある日、ぱったり秋穂が学校に登校しなくなった。
当時の僕は遊び相手いない訳ではなかったけれど、家に帰ると兄貴がいるのが嫌で何かと理由をつけては秋穂の家へと遊びに行った。
夜まで僕が秋穂と遊ぶことが続き、夕食を一緒にと誘われるようになった。
僕がいると秋穂がすんなり席につくことが分かると、秋穂の両親は僕の訪問を快く受け止めてくれるようになった。
秋穂が学校に行かなくなって二週間が過ぎた頃、心配した彼女の両親が家族旅行を企画した。
そして、その旅行に僕も誘われた。
秋穂も
「来なよ」
と言ってくれたので、僕は是非と頷いた。
僕の両親へは秋穂の母が話を通してくれた。
旅行は三泊四日。
隣の県の割と有名らしい観光スポットへ赴いた。
ホテルから海が見えて、近くに浜辺もあった。昼、海へ行こうとなったが秋穂は部屋に居ると言った。
僕はナツキさんに連れられて海で遊んだ。
その日の夕食を終えた後、僕は秋穂に連れられて浜辺を歩いた。
秋穂はそこで殆ど何も喋らず僕の横を歩き、ふとした瞬間に泣き始めた。
自分の中にある全てを吐き出すような、容赦のない激しい泣き方だった。
僕はどうにか浜辺に秋穂を座らせて、何とか落ち着かせようと必死になってみたけれど、何の効果もなかった。
秋穂のこと僕が守るから。
ぽつりと出た言葉に、僕は妙に納得してしまった。
僕は秋穂のことを何からも守りたいと思っていた。
彼女がこんなにも激しく泣かなくて良いように、僕は僕の全てを使ってしまいたかった。
だから、何度も念を押すように僕は秋穂を守ると繰り返した。
そんな僕に対し秋穂は泣きながらの笑みで応えてくれた。
気づけば秋穂は泣きやんでいて、僕らは手を繋いでいた。
どちらからか分からないけれど、触れるだけのキスをしていた。
何度も何度も僕らは唇を押し当て続けた。
その時、僕らを包んだのは潮の香り、細かに立つ波音、柔らかな砂浜の感触、
そして、真っ暗闇の海面に落ちた月の光だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます