2013年【行人】相手のことを信じることが恋愛だって、俺は思うんです。

「うーん。あ、私もおかわりをお願いして良いかな?」


「はい」

 僕はジン・トニックを飲んでから、煙草を咥えて火を点けた。


「田中さん」


「ん?」

 田中さんは新しく注がれたビールを飲んでいた。


「娘さんの名前って、あずきじゃないですか?」


「そうだよ。ん? 行人くん知ってるのかい?」


「お隣さんです。バンドを組んでますよね」


「あぁ、良いよね。あの子のバンド」


 田中さんが手で煙草を一本貰っていいかとするので、僕は煙草の箱とライターをそのまま渡した。

 田中さんは一本を咥えて火を点け、煙を吐き出してから笑った。


「あぁ良かった。行人くんのナンパの毒牙に、あの子がかかっていたら、どうしようかと思ったよ」


「その場合、僕のこと殴っていましたか?」


「んー、いや。お願いしてたかな」


「お願い?」


「真剣につき合ってください、って。良い子なんだ、本当に」


 僕は煙草を吸い、灰を落としてから言った。

「あずきが言ってました。

 恋愛は本人がどう思うかなんだって。田中さんと奥さんも恋愛の真っただ中にいると思います」


「うん」


「俺も、思いますよ」と圭太が言った。

「結局は愛情の問題なんじゃないかって」


「愛情?」


「相手のことを信じることが恋愛だって、俺は思うんです。だから、愛情ってのは相手をどれくらい信じるかってことじゃないですか? この場合、奥さんを信じるべきなんじゃないかな?」


 へぇ、と僕は圭太の言葉に関心した。


「田中さんは先ほど、新しいものは何も作れないっておっしゃいましたけど。それは田中さんがそうなのであって、奥さんがそうだとは限らないと思うんです。そして、恋愛ってのは一人でできるものじゃない」


 多分、と圭太は苦笑いを浮かべた。

「一緒に住み始めれば何かが変わりますよ。少なくとも変えようと思うべきです。自分の中の欠落とか、これまでの自分とか。変わらなくても、そう思うべきです。無責任な物言いですけどね」


 田中さんは万引きをすることで自分を変えようとした。

 けれど、幾ら自分を変えようとしても問題が圭太の言う愛情であるなら、相手あってのことになる。


 僕と秋穂の問題も、そうだろうか?

 と考えてみた。

 少し違う。


 そして、その違いは決定的な差でもある。


 僕は自己満足とは違った形で自分のことしか考えていないし、秋穂もまた自分の『そうせずにはいられない』感情に従っている。

 僕らの問題の根幹は愛情ではない。


 じゃあ、僕と秋穂の関係における問題の根幹はどこにあるのだろう?


「私は雨と一緒に暮らすべきなのかな?」


 独り言のように田中さんが言った。


 僕と圭太は何も答えず、ただ笑った。

 友人の恋愛相談に乗っているよう、そんか気軽な笑い方だった。



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