2013年【行人】『そうせずにはいられない』

「ねぇ、行人」


 陽子が新しく淹れたコーヒーをテーブルに置いてから、僕の差し向かいのソファーに座った。


「うん?」


「中三の時、秋穂がテレビゲームを始めて学校来なくなったことあったじゃん? 夏休み明けだったと思うけど。覚えてる?」


「覚えてる」


 秋穂はゲームを始めてしまったから最後までやる、と言った。


「あの理由は……」

 と言いかけて陽子は口を噤み再度、口を開いた。

「その前に行人。中三の夏休み、この町に居た?」


「え、中三の夏休みは県外の親戚の家にお世話になっていたから、丸々いなかったよ」


「なるほどね」


「何だよ?」


「いや、今考えるとだし、ちょっと都合良く考え過ぎてるんだろうけど、中学三年の夏休みの頃の秋穂は、なんか淋しげだったんだよねぇ」


「それは、僕が居なかったからって言いたいの?」


「ううん。そこまで単純な話がしたい訳じゃないよ。ただ、いろんな要因があったんだろうなって思うだけ」


「そっか」


 中学三年の教室に問題が起こらないなんて有り得ない。

 仲の良かったミヤは不登校になっていたし、受験が目前となって教室の空気は常にぴりぴりしていた。


 ――曖昧な言葉が許されない世界で君は器用に生きている。嘘をついて、流れに逆らわない言葉を身につけて。本音を隠した。立派だと思うよ。


 美紀さんはそう言った。

 皮肉のこもった言葉だと思う。

 僕はただ必死だった。流れに逆らわず、ただやり過ごすことだけを念頭に日々を過ごしていた。疲れない訳がない。


 ――その結果、君の言葉は軽く、薄く、弱い。誰にも届かないものなんだよ。


 美紀さんの言う通りだとは思わない。

 けれど、その通りだとしたら、不登校になったミヤの言葉は重く、濃く、強い。

 誰にでも届くものとなっているのだろうか?


「ミヤはどんな大人になったんだろう?」


「ん?」


「いや、何でもない。それで、陽子は秋穂がゲームを始めた理由を知っているってことだよね?」


「うん。それは朝子の為だったんだ」


「朝子?」


 陽子の妹である朝子と秋穂に面識があるとは初めて知った。


「秋穂はね。朝子に会ってからゲームを始めたの。学校を休んでまで」


 どういうこと?

 と尋ねる僕に、陽子はコーヒーを飲み頭の整理をおこなうように一度黙ってから、口を開いた。


「秋穂は朝子がしたいと言ったゲームを代わりにプレイしていたんだ。

 そうすることに意味なんてないけど、そうせずにはいられないんだって秋穂は言っていた。朝子の代わりにゲームをすることは、学校よりも、受験よりも大事なんだって」


 あぁ、なんか言いそうだ。


「その時に思ったの。あの瞬間、秋穂の目は指は本当に朝子と繋がっていたんだって。

 でも、そんな私の見解は置いておいて。一つの真実として、西野秋穂って人間は、何か感情的なことによって学校とか親とか多分、行人とかを無視して、一人で『そうせずにはいられない』ことに直進できる人間ってこと」


「周囲とか、後のことを考えずにってことだよね?」


 陽子は頷いた。


「だから、行人。あんたが今、考えるべきなのは秋穂が『そうせずにはいられない』ことが何かを考えること。そして、どうしたら次は黙って去られないかを考えること」

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