2013年【行人】ブレーキを踏んで、しないといけないこと。

 考えるなら歩く方が良い、と陽子に言われて僕は外に出た。


「部屋には私が居てあげるから、とりあえず濁った気分をリフレッシュしてきなさい」


 陽子はお母さんみたいなことを言うなぁ、と思いながら僕はぶらぶらと目的もなく歩いた。


 まず、頭を空っぽにしようと思い、十分か二十分、僕は無心に足を動かし続けた。考えないという考えに取り憑かれて、体は自然と目的を持って進んでいた。

 気づけば僕は中谷家のある通りへと足を踏み入れていた。


 秋穂が『そうせずにはいられない』感情に取り憑かれていると陽子に言われた時、僕の中で浮かんだのは中谷勇次だった。


 どうして彼だったのだろう?


 おそらく僕が知る中で最も、自分の『そうせずにはいられない』ものに素直な人間だと思ったからだった。

 中谷優子、川島疾風の行方が分からなくなった時、中谷勇次は考えたはずだ。


 何故? と。


 そして、その結果、中学三年の秋穂が朝子の為に学校を休んでゲームをしたように、中谷勇次もまた学校を休んで姉の行方を探しはじめた。

 でなければ、あの山で僕と遭遇するはずがない。中谷勇次は僕が知らない事件の中核に踏み入っていたはずなのだ。


 その事件はもう終わったのか、それともまだ続いているのか。

 どちらにしても中谷勇次に話を聞くのが一番手っ取り早い。


 僕は中谷家のチャイムを鳴らした。一度、二度と数を重ねてみたが、反応はなかった。

 家を見上げてみる。人が動く気配はなかった。


 よく考えれば平日の昼だ。勇次が戻ってきているなら、学校へ行っているのかも知れない。

 その辺はあずきに尋ねれば分かるだろう。


 視線を横にずらすと隣の家の二階の窓から僕を見ている男性がいるのに気付いた。男は何か呟いていた。

 それをじっと見つめていると、以下のように読めた。


 しないといけない。


 男の表情には一切の変化がなかった。

 本来であれば、気味悪く感じる場面で僕は、彼と喋ってみたいと思った。美紀さんが彼から言われた「ブレーキを踏め」とは、どういう意味なのか。

 そして、今回の「しないといけない」。


 ブレーキを踏んで、しないといけないこと?

 それは何だ?


 僕は隣の家のチャイムを鳴らした。

 二階を見上げる。窓にはカーテンがかかっていて、男の姿はなくなっていた。しばらくすると女性が顔を出した。

 僕を見て、ため息を漏らした。


「美紀ちゃんと一緒に来てた子ね。なにか用?」


「中谷の人の話を聞きたいと思いました」


「無意味な話よ」


「けど、中谷勇次という人間を知りたいんです」


 その先には、秋穂という人間を知ることに繋がっているかも知れない。少なくとも二人には『そうせずにはいられない』瞬間があって、それを成し遂げようとする強い意思も持っている。

 女性はじっと僕を見た後、笑った。

 疲れた笑いだった。


「良いわよ。多分、私はどこかで話したかったのでしょうから」


「話したかったんですか?」


「そうよ。だって、オカルトが広まるのは体験した人が話すからでしょ? 特別なことは誰かに話したくなるものよ」


 言って、女性は玄関口で中谷という人間について語りはじめた。

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