2013年【行人】もう関係は終わったのです。
「秋穂のお父さんか、お母さんとお話することは可能ですか?」
井口は呆れるように息を漏らした。
暗にあがくなよ、と言われている気がした。
「正嗣様は会社の方で多忙です。そして、奥様も会社の会計処理の面をご担当されていた部分もあります。それにお二人は今、大変心を痛めています。
お話することはご遠慮していただきたいのです。ご理解していただけますか?」
まったくの正論。
話せば話すだけ自分を嫌いになっていく。それでも声は出る。
「秋穂と、話をさせてもらえませんか?」
「先ほどもお伝えしましたが、秋穂様は現在とても混乱されています。
大学の方も休学されるとおっしゃっていました。彼氏であれば、そっとしておくべきではないですか? お兄さんが人を殺めてしまったのですよ?」
「それは秋穂から聞きます」
「御自分の感情だけを押し付けるようでは確かな関係は築けません。矢山様のお気持ちが分からない訳ではありません。しかし、ここは男らしく我慢し、秋穂様をお待ちすべき時です」
その通りかも知れない。
靄のかかったような思考の中で僕は考える。
秋穂は混乱していて心の休暇が必要なのだと思う。
少なくとも秋穂は眠っている僕に一言も告げず、そして書き置きもなく部屋を出て行ったのだ。
正しい人間関係として、秋穂からの連絡を僕は待つべきなのだ。
それでも。
「そういう問題じゃないんです。これは僕と秋穂の問題です。井口さんのような、突然現れた第三者から終わりを告げられる話じゃない」
「問題……、第三者……ですか。
では、その第三者の目から見た話をさせていただいてもよろしいですか?」
井口の表情には何の変化もなかった。
「あなた方の関係はとても幼稚で子供っぽく、まるでおままごとのようでした。あなた方は、いや矢山様、あなたは一年という時間がありながら、一度だって秋穂様とちゃんとした関係を築かなかった。
築こうとしなかったし、そういう関係があるということさえ頭になかった。
そして、それはあなたが自分のことしか考えていなかった、ということを意味します。
もう関係は終わったのです。線路は途絶え、この先には崖しかありません。戻る他に道はありません。
そうなってしまったのは誰でもない、あなたのせいです」
言うだけ言うと井口は立ち上がり、妙にゆっくりとした足取りで玄関の方へと歩いていった。
小さな、しかし、しっかりとした声で
「荷物、三日以内によろしくお願い致します」と言い、井口は出て行った。
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