2013年【行人】僕と秋穂の生活は全て終わった。

 里菜さんから聞いた話の全てを井口に伝えた後、僕は部屋を出た。

 まだ日は高く上ったままだったが、もうそれほど暑さを感じなかった。


 僕と秋穂の生活は全て終わった。

 一年と数ヶ月。

 夢のような時間だった。

 幸せがあるとしたら、この時間を言うのだろう。


 十年、二十年が経って振り返っても、変わらぬ気持ちがこの時間にはしっかりと突き刺さっている。

 大きく息を吐き出した。


 一日で里菜さんと井口の相手は思っていた以上の疲労だった。

 正直、このまま地面に倒れれば眠れる自信がある。

 それでもちゃんと帰って眠る。

 それが結局は一番の近道だと僕は知っている。次に起こることに備えて万全な肉体が僕には必要だった。


――――――


 陽子から連絡があった。

 寺山凛が帰るから、その前にお昼を一緒にしよう、という誘いだった。

 寝起きだった僕は、まだ動き出していない頭で返事をした。


『行人って朝、弱かったっけ?』


「なんか、実家は寝過ぎちゃう感じがする」


『分からなくはないなぁ』


「だろ?」


『じゃあ、お昼に』


「んー」


 今日は、母も父も仕事に行っていて家には一人だった。

 まずシャワーを浴び、髭を剃って歯を磨いた。服を着てからドライヤーで髪を乾かし、ワックスで整えた。


 それから外に出て近所を歩いた。

 実家で生活をはじめて、周辺を歩いていなかったから良い機会だった。

 自然と足は秋穂の実家の方に向かった。

 前を通るくらい良いだろうと思った。


 秋穂の実家はナツキさんの事件があった後も、変わっていないように見えた。

 内情はあらゆる変化があるだろうし、見えないだけでもう戻らないものだってある。

 それでも記憶通りの家がそこにある、というのは嬉しいことだった。


 しばらく何処に寄るでもなく僕は町をぶらぶらと歩いた。

 それに飽きると、公園に立ち寄りベンチで文庫本の続きを読んだ。

 そこで、ふと近所に通っていた中学校があることに思い至った。

 文庫本を閉じて、僕は中学校の前を歩いてみた。


 宮本歩こと、ミヤと仲良くなったのは中学校にあがってからだった。

 一年の時に同じクラスで、体育の授業で二人組になってから話すようになった。

 ミヤはサッカー部に所属していて、友達も多く先輩からも可愛がられる愛嬌も持っていた。


 中学一年の夏休みに僕は街でミヤを見かけた。

 隣には彼女の寺山凛がいて、僕の隣には秋穂がいた。

 お互い照れ臭いやら、誇らしいやらな表情を浮かべていた。

 なんとなく休日に女の子と出かけているという事実が、無条件なアドバンテージになる瞬間が男子中学生にはあった。


 それから僕とミヤは学校で二人きりになると、彼女の話をした。

 と言っても僕と秋穂は付き合っている訳ではなかったから、基本的にミヤと寺山凛の話だった。

 凛は引っ込み思案で恥ずかしがり屋な為に、人気者のミヤとつき合っていると周囲の人に言うことを嫌がっていた。


 ミヤは寺山凛と付き合っていると公言したい、と常々言っていた。

 けれど、男子から見れば些細なことが、女子側から見ると大問題みたいなとこがあるのだと凛は言うのだった。


「そー言われたら、何も言えねぇよ」

 とミヤはよくぼやいていた。

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