2013年【行人】「私はね。もう席で待つことが当然だって思う人生は送りたくないんだ」
しばらくするとアボガドのサラダが運ばれてきた。
秋穂は店員から小皿をもらって、それを二人分にわけてくれた。
その後にきた、きのこのピザとフライドポテトがきた。ピザは手軽に食べられるサイズに秋穂がカットしてくれた。
熱い鉄板の上に乗ったチーズハンバーグとドリアンを持った店員が現れた頃には、ピザは半分ほどになっていた。
僕がハンバーグを食べ、秋穂がドリンクバーへ行く為に席を立った。
戻ってきた秋穂に僕は
「ドリンクバー好きなの?」
と尋ねた。
グラスに口をつけ、ドリアンを食べた後に
「好きだよ」と秋穂が笑った。
「嫌味ではないんだけど、私の両親ってお金を持っている方だと思うんだ。
だから、家族で夕食ってなると高いお店に行くの。そういうお店って当たり前だけれど、料理が運ばれてくるんだよ。
きちんとした制服を着た店員が何でもしてくれて、お客さんの私たちは何もしなくて良いんだよ。
ただそこで食事をすればいいの。私が年下の小娘だとしても、両親のお金で贅沢な暮らしをしているだけであっても、お客である以上は大人のように敬語で接しられるし、気を使われるの」
うん、と僕は頷いた。
「私はそれが普通じゃないって分かっているつもりだったんだ。
でも、つもりでしかなかったんだって、今のスーパーで働き出して知ったんだよ。職場の友だちと、ファミレスに行った時にね、ドリンクバーを頼んだんだ。私は最初、それが何か分からなかったの。
友だちが席を立って並べられたグラスをとって氷を自分で入れて、ジュースを選んで注ぐ、それだけの動作を見た時、私は本当にすごい衝撃を受けたんだよ」
秋穂はまたグラスに口をつけた。
「普通ってなんだろう、って真剣に考えたよ。答えは出なかったけど、私が欲しいものは分かったんだ」
「なに?」
「私はね。もう席で待つことが当然だって思う人生は送りたくないんだ。
自分の手で欲しいものを掴みにいく。ドリンクバーを頼むとね、いつもそれを思い出すんだ」
なるほどと笑った後、
「ドリンクバーで、そこまで考えるのは秋穂だけだと思うよ」と僕は言った。
「そうかな?」
と首をかしげる秋穂はアボガドのサラダを口に運んだ。
僕はカフェラテを飲み終えると新しいドリンクを取りに行く為、席を立った。
帰り道も僕らは手を繋いだ。
マンションが見えてきたところで、
「私をファミレスに連れていってくれたのは、優子さんだったんだ。もう会えないんだよね」
と秋穂が掠れた声で言った。
僕は何も言わず、ただ秋穂の手のぬくもりだけを感じた。
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