2013年【行人】どちらともなく手を繋ぎ、夜の町を歩いた。
夜の訪れを知ったのは部屋の電気が点いたからだった。
「行人」
秋穂が僕を呼んだ。
僕はいつも座っているソファーから秋穂を見て、立ち上がり時計を見た。
夜の十九時をまわっていた。
自分がどうやってマンションに戻ってきたのかも、上手く思い出せなかった。
「今日は外でご飯にしよう」
秋穂はそう言うと、
「準備してくる」
と部屋に引っ込んでしまった。
僕は冷蔵庫を開け、簡単な夕食を作る材料があるのを確認した。
けれど、料理をする気持ちにはなれなかったので、秋穂の提案に従うことにした。
洗面所で鏡に自分の顔を映した。
うっすらと髭が伸びていたので剃って、歯を磨いた。服が汗臭かったので、部屋で新しい服に着替えた。
玄関の電気が点いていて秋穂が待っていた。
「行こう」
僕は頷いた。
どちらからともなく手を繋ぎ、夜の町を歩いた。
風の強い夜だった。
近所のファミレスに入ると、夕食時の為に混雑していた。
隅っこの席に通され、メニューを開いた。
注文を訊きに来てくれた中年女性の店員に僕はチーズハンバーグを頼み、
秋穂はアボガドのサラダと、Sサイズのきのこのピザと、ドリアン、フライドポテト、ドリンクバーを二つ頼んだ。
「いっぱい頼むんだね」
「言ってなかったっけ? 私、ファミレスって好きなの」
「知らなかったな」
知り合って十何年と経っているのに。
「ドリンクバーへ行こう」
秋穂が席を立った。
ドリンクバーには幼稚園児くらいの男女二人が、思い思いのジュースを子供用の小さなコップに注いでいる最中だった。
二人とも背丈が低く、子供用の台を使っていた。
「可愛い」
秋穂が言い、僕も頷いた。
子供が自分の席へ戻っていくのを見送ってから、秋穂はグラスを手にとった。
氷をトングで丁寧にグラスの中に入れて、ドリンクの種類を見渡した。
僕は横でホットのカップを手に取り、カフェラテのボタンを押した。
「あ、ホットも良いよね。後で、私も飲もう」
言って、秋穂はメロンソーダをグラスに注いだ。
席に戻ると、秋穂が
「今日、陽子とランチをしてね」と言った。
「安藤?」
「そうそう」
安藤陽子。朝子の姉。
中、高と一緒の学校に通った同級生。
進学は都心部の方で、今はそっちで一人暮らしをしている、と聞いていた。
「なんかね八月、実家に帰れなかったから、今帰って来ているらしいよ」
「そっか」
ホットカフェラテに僕は口をつけた。
秋穂は何か言おうとしたけれど結局は飲み込んで、陽子とのランチについて喋った。
最後にふと思い出したように秋穂が付け加えた。
「そう言えば、陽子が行人に話があるって言ってたよ」
「へぇ。なんだろ」
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