2013年【行人】なら、最後まで行くしかない。

 夜、眠る為にベッドに潜った時、僕の頭に浮かんだのは十五歳の頃の、中学三年の夏の僕たちだった。

 当時、僕と秋穂はクラスメイトだった。


 夏休みが明けて三日が経っても秋穂は学校に登校して来なかった。

 気になった僕は三日分の授業のノートのまとめと、コンビニで買ったチョコレートを持って秋穂の家を訪ねた。

 僕は夏休みの間、遠くの親戚の家にお世話になっていて一ヶ月以上、秋穂と会っていなかった。


 風邪だと聞いていた秋穂は、部屋のテレビに向かってゲームをしていた。

 懐かしいゲームだった。

 僕と秋穂が小学生くらいの時に一緒になってやっていたものだ。秋穂は突然の来客である僕を一度も見ようとしなかったし、声をかけてもこなかった。


 ただゲームのコントローラーを操作しているだけだった。


 仕方なく「休んでいる間のノート、持ってきた」と僕は事実だけを口にした。


「うん」


 秋穂はやはりテレビ画面に視線を向けたまま言った。


「ねぇ行人。私に言うことがあるんじゃない?」


 決して怒ったような言い方ではなかった。

 少し考えてから僕は「ただいま」と言った。


「おかえり」

 とまっすぐ前を見たまま、秋穂は言った。「ねぇ行人」


「なに?」


「お姫様はね、待つの。それが仕事なんだよ」


「うん?」


「だから、待ってる」


 そう言うと秋穂は黙ってしまった。

 どういうことか尋ねたけれど、秋穂は答えてくれなかった。

 仕方なく僕は秋穂の隣に座って


「じゃあ、待ってて」

 と言った。


 しばらく僕は親戚の家での話をした。

 秋穂はうん、うんと相槌を打つけれど、何か質問をしてくることはなかった。


 少し沈黙ができて、秋穂がコントローラーを操作する音とテレビ画面から流れるBGMだけが部屋を満たした。


「どうして、秋穂はゲームをしているの?」

 と僕は尋ねた。


「始めちゃったから」

 と秋穂は言った。「一度、始めちゃったから最後までやるの」


 どうしてだろう。

 僕は今になって秋穂のその気持ちが分かるような気がした。

 始めてしまったのだ。

 百パーセント自分の意思だったのかどうかは疑わしいけれど、自分の足で進んでいる。

 なら、最後まで行くしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る