2013年【行人】女の子はゲームに熱中する時期が必ずあるのだろうか?

 朝、秋穂が大学に行ってから、僕は電話をした。

 相手は里菜さんだった。

 僕の話を聞いた里菜さんは、店の名前と時間を告げて電話を切った。


 いつものように僕を茶化すようなことを一切言わない里菜さんは、ビジネスとして僕の話を聞いて了承した。

 そういう態度だった。


 僕は胃が重くなっていくのが分かった。

 里菜さんが指定した店は、やたら高そうな中華料理屋だった。

 準備中の札がかかった扉を開いて店内に入った。


 薄暗い店内を見渡すと席について携帯ゲーム機で遊ぶ里菜さんを見つけた。

 僕が近づいても里菜さんはゲーム画面から目を上げなかった。


「お久しぶりです。里菜さん」


 かちゃかちゃとボタンを押す音がやけに大きく聞こえた。


「あー、うん」

 やはり視線はゲーム機から動かない。

 昨日、思い返した秋穂もテレビ画面から目を離さず、コントローラーを操作していた。


 女の子はゲームに熱中する時期が必ずあるのだろうか?


「今日はお願いがあってきました」


「あんた、とりあえず座ったら?」


 里菜さんの向かいの椅子を引き、腰を下ろした。

 バッグから封筒を取り出し、テーブルに置いた。


「三十万あります。今、この町で行方不明になった人のことが知りたいんです」


「ちっ、こいつ強いなぁ! ……、ん。兄貴のことか?」


「あ、いえ、兄貴のことなんて、どうでもいいんです」


 里菜さんが乾いた笑いをこぼした。


「相変わらず兄貴嫌いやなぁ。昔はあんたの兄貴、凄かったやん」


「昔のことです」


「そやな。で、じゃあ、誰のことが知りたいんや? こっちも暇ちゃうねんで」


 ゲーム機で遊んでいる人が暇じゃなくて、なんだと言うんだろう。


「中谷優子の生死。それと死んでいるのなら、その死因。もちろん、知っているのでしたら、ですが」


 里菜さんの手が止まった。そして今日はじめて僕の顔を真正面から見た。


「あんた、それ本気で言うてんの?」


 意味は分からなかった。

 ただ僕は蛇に睨まれた蛙よろしく身を固くした。

 里菜さんの眼光には有無を言わせぬ力があった。しかし、秋穂のことを思うと引く訳にはいかなかった。

 始めたからには終わりまで。


「本気です。知っていることがあったら、教えてください」


 頭を深く下げた。

 低く唸るような声が聞こえ、次第にそれが里菜さんの笑い声だと分かった。

 くぐもった、何かを押し殺した声。

 背筋が痺れるように冷え、手のひらに汗が浮かんだ。


「おもろいなぁ。あんた、ほんっとおもろいわぁ」


 僕は何も言えなかった。


「金はいらんわ。そんかわり、取ってきてほしいもんがあんねん」


 唇を舐めた後、

「なんですか?」言って頭を上げた。


「UMA」

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