2013年【行人】「生物学的に確認されていない未知の動物」
どう考えても、里菜さんにおちょくられた。
帰り道、携帯でUMAを調べると以下のことがでてきた。
――UMAとは、存在の可能性があり、噂などで知られていながら生物学的に確認されていない未知の動物のことである。
ちなみにUMAは日本人の造語であり、オカルトに分類されることもある。
オカルトって……。
UMAと言った後の里菜さんはゲーム機に目もくれず、にやにやと僕と秋穂の関係を根掘り葉掘り尋ねてきて、お金も受け取ってもらえなかった。
「期限はええわ。取って来れたら、いつでも電話してきぃや」
そう言われた時、
中谷優子が死んでいた場合、死体は巧妙に処理されているんだな、と思った。
今回、収穫は何も教えられなかったことによって、里菜さんは中谷優子の現在について少なからず何かを知っている可能性が残ったということだった。
里菜さんにお金だけ取られて、嘘を教えられるかも知れないと考えないではなかった。それも真偽を図れないような曖昧な答えだ。
その場合は、自分なりにもう一度調査をするつもりだった。それでも何も出てこなければ秋穂に全てを報告する。
僕の仕事は秋穂の用心棒であって、探偵じゃない。
秋穂が傷つくかも知れない事実が中谷優子の失踪から出てこないことを確認できれば満足だった。
にしても、と思考は最初に戻る。里菜さんの要求はむちゃくちゃだ。
――UMAを取って来い。
発見されていないとは言え、仮にもUMAは動物なのだから、捕獲して来いが正しいのではないか?
それを物のように取って来いとは、どういうことだろう?
だいたいUMAの定義が
「生物学的に確認されていない未知の動物」
だとすれば人間に感知、認識されると、もはやそれはUMAとしての存在意義を失ってしまうではないか。
里菜さんの要求は、雨の中で濡れている可愛そうな猫を取ってこいと言ったようなものだ。
僕が猫を抱えて里菜さんの元へ行ったとすると、その猫はもはや雨に濡れていない為に可愛そうではなく、里菜さんが言った厳密的な条件、UMAからはずれてしまう。
例えば人間の感知、認識が生物学的な確認ではなかったとする。
しかし、そのUMAだった生物を捕獲し、発表してしまえばUMAはただの動物へと変わる。
このタイムラグの間を里菜さんの言うUMAだったとする。
現代日本で人間が感知、認識しておらず、かつ動物が住める環境の場が幾つあり、そこへ何度足を踏み入れ調査をすればUMAが見つけられるのかを考えると、気軽な年月ではないことは想像に難くなかった。
くそ、と悪態をついた。
おちょくりだろうと、不可能だろうと、僕はそれを無視できない。
考えることを止められない。
始めたからには終わりまで。
目の前のことから目を逸らす訳にはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます