2013年【行人】「行人くん、君は秋穂と一緒にいるべきじゃない」

 里菜さんにUMAを取って来いと言われた翌日、公衆電話から着信があった。

 出てみると秋穂の兄、ナツキさんだった。


 お茶でもしよう、

 という内容だった。僕は二つ返事で了解した。

 昼の十三時に駅前のカフェで待ち合わせにした。


 ナツキさんはスーツ姿で僕より先にカフェでアイスコーヒーを飲んでいた。

 差し向かいに座る僕に


「突然、呼び出して悪かったね」


 とナツキさんが言った。


「大丈夫です、僕は基本的に暇なので」


「それは良かった」

 ナツキさんは、にこりと笑った。


「ちなみに、どうして公衆電話からだったんですか?」


「最近ちょっと携帯を持ち歩いていなくてね」


「トラブルですか?」


「いや、単純に落としちゃったんだ」


 僕は注文を聞きに来た店員にホットコーヒーを頼み、目の前に置かれたお冷を口にした。

 ナツキさんと向かい合う度、まず僕が考えるのはナツキさんの名前だった。秋穂の名が漢字であるように、ナツキさんも漢字の名前を持っている。

 ただ僕はそれをどう書くのかを知らない。


 幼少の頃、本人に

「ぼくの名前の漢字は少し難しいから、カタカナか平仮名で覚えておいて」

 と言われてから、僕は本当に彼の名前をカタカナで認識するようになった。

 ちなみに、平仮名にしなかった理由は、“なつき”だと女子っぽかったからだ。


「久しぶりに行人くんと喋っておきたいな、って思ったんだ」


「僕と?」


 ナツキさんは多忙だ。

 父親の会社の別支店を任されていて、更にボランティア活動にも参加しているのだと、秋穂がいつだったかに教えてくれた。


「ぼくはね、結構、行人くんのことが好きなんだよ」


「男に好きと言われても嬉しくないもんですけど、ナツキさんに言われるとそうでもないですね」


「そうかい?」


「はい。僕もナツキさんのこと好きですよ。もちろん、掘りたいとかそーいうことではなく」


「掘る?」


「何でもないです。ナツキさん、仕事の方はどーですか?」


「仕事は問題ないよ」


 仕事は?

 じゃあ、他に問題があるのだろうか。

 店員が僕のホットコーヒーを運んできてくれた。

 僕は砂糖やミルクを入れず、そのままカップに口をつけた。


「秋穂との生活はどうだい?」


「とくに問題ないです。仲良くやっています」


「そうか」ナツキさんの表情が僅かに揺れたのが分かった。


「どうかしたんですか?」


 薄い笑みを浮かべたまま、


「ぼく個人としての気持ちとは逆のことを言うよ」

 と言った。


「逆のこと?」


「行人くん、君は秋穂と一緒にいるべきじゃない」


 ナツキさんの言葉に僕は何の反応もできなかった。


「だから、あの部屋から出て行ってくれないか?」


 それは秋穂が望んだこと、ですか? 


 そう言おうとして、違うと思った。

 ナツキさんは今、当たり前のことを言っている。

 あの部屋は秋穂のお父さんの書斎代わりに借りられていた部屋であり、娘の秋穂の一人暮らしの為に使われているのであって、

 僕はそのオマケ、好意で住まわせてもらっているに過ぎない。


 ナツキさんから見ればナンパして、まともな定職に就かず、

 誰にでも出来る家事をするだけの男を妹と一緒の部屋に住まわせているなんて、正気の沙汰ではない。


 分かっていたはずの事実が、これほど僕を沈ませていくとは思わなかった。

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