2013年【行人】「どれだけ回り道、寄り道、迷子になるかが人生の醍醐味だ」
ナツキさんはポケットから煙草の箱とジッポを取り出し、煙草を吸い始めた。
「行人くん」
とナツキさんは僕に煙草の箱を差し向けた。
僕は一本を抜き取り、咥えた。
ナツキさんがジッポを僕の前に置いた。それを取って煙草に火を点けた。
口の中が乾き、煙草の味が舌に広がった。
「さっきも言ったけれど、これはぼく個人の気持ちとは逆のことだよ」
「どういうことですか?」
「ぼくは二人にはずっと一緒に居て欲しいと思っているんだ」
ナツキさんは薄い笑みを浮かべたままだった。
「行人くん、君以上に秋穂の幸せを考えている人はいないと思うからね」
「けれど、僕はあの部屋から出て行くべきだ、と」
「うん。君は秋穂と一緒にいるべきじゃない」
「気持ちは度外視した事実として、僕は秋穂と一緒にいるべきじゃない、ということですね」
「少し違うけれど、概ねその通りかな」
違う、それも少し?
「どういうことっ……」
「ゴールに向かって最短ルートを走るだけが人生じゃない」
ナツキさんの言葉に僕は黙ってしまった。
「昔、行人くんが言った台詞だよ。覚えているかい?」
「さぁ」
僕の目をまっすぐに見たナツキさんは続ける。
「どれだけ回り道、寄り道、迷子になるかが人生の醍醐味だ」
確かに僕は昔、ナツキさんにそんな類のことを言った。
けれど、それは僕の言葉ではなく、友人の言葉を借りたにすぎなかった。
「行人くん。
ぼくは君のそういうところを気に入っているんだよ。ただね、それはつまりゴールがあるからこそ、回り道や寄り道に意味が出てくるんだ。
何かどうしようもない力によって、その道が断たれた時、今までの全てが無駄になる」
ナツキさんが煙草の灰を灰皿の中に落とした。
「後悔しないよう、最短ルートを通っておく時期もあるし、あるいは、もっと別のゴールを見つけておく瞬間が訪れもする」
「違うゴール?」
「全てが予定通りに進む人生なんて有り得ないだろ?」
ナツキさんが僅かに笑みを深めた。
「そういう時に回り道や寄り道に意味が出てきたりもする」
複数のゴール地点を用意しておくことは人生においてのリスクヘッジだ。
けれど、ナツキさんが言っているのは。
「結局のところ、僕に秋穂を諦めろってことですよね?」
遠回しであれ、何であれ、
どうしようもない事情によって僕と秋穂は一緒に居られなくなる。
だから、そうなった時の為に複数のゴール、秋穂とは別の目的を作っておけ。
ナツキさんは今、僕にそう言っている。
「その通りだよ、行人くん」
「どうして?」
「それはぼくのせいだ。
恨んでくれていい。
ただ、何度も言うようだけれど、ぼくの気持ちからすると二人は一緒に居てほしいと思っているし、願ってもいる」
「ナツキさんのせい?」
すっとナツキさんは僕の目の前に手をのばした。
一度、手を広げ、それからゆるく拳を握った。
「こんなことを言うのは無責任だけれど、
離れてしまったものを、もう一度その手で掴む時、最初に握っていたよりもずっと特別なものとして戻ってくることがある」
同時に、
まったく価値のないものとして戻ってくることだってある、
手を下げてからナツキさんは続けた。
「全ては行人くん、君次第だ。
何が起きて、そして、何が起きなかったとしても。選ばなければいけないし、選び直さないといけない」
人生とはそういうものだと、簡略的にまとめることが出来そうな話だった。
けれど、その人生は間違いなく僕の人生だった。
今、ナツキさんは僕の人生について語っている。
「……説明を求めても、答えてはくれないんですよね?」
「そうだね。申し訳ないとは思っているけれど」
「分かりました。肝に、深く免じておきます」
ナツキさんは煙草を灰皿の上で押しつぶすように火を消した。
つられて僕は、殆ど吸っていない煙草の灰を灰皿の上に落とした。
「それでね、行人くん」
ナツキさんはからかうように笑った。「最近なにやら、また動き回っているらしいじゃないか」
また、とはなんだろう。
「今回は何を捜しているんだい?」
僕は少し考えてから
「今、UMAを捜しているんですよ。ナツキさん、何か知りません?」
と言った。
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