2013年【行人】人生はゲームじゃない。現実だ。
「あーあ、何か行人と秋穂ちゃんがこーいう形で終わるのって、すげぇ嫌だわぁ」
僕の私物を詰め込んだダンボールを全て秀の車に運び終え、
僕の実家へ向かう途中だった。
僕は秀にナツキさんの起こした事件、そして秋穂が去って行ったことを簡単に話した。
秀は車を運転しながら熱心に僕の話を聞いてくれた。
「どういう人間関係にも終わりはあるって」
と僕は言った。
その後に声には出さずに続ける。
終わったからこそ、また始めることもできる。
「そりゃあ、そーだろうけどな。なんか、お前らは特別な感じがあったからさぁ」
「特別?」
あずきも僕と秋穂の関係を理想だと言った。
「どう特別なんだろう?」
丁度、信号が赤になり秀は車を停止した。
「んー、行人と秋穂が一緒に暮らし始めるまで、俺らってあんま遊んでなかったじゃん?」
「そうだね」
秋穂と暮す前は藍と一緒に暮していて、外に出て誰かと自由に会うことが殆んど出来なかった。
「だからさ、秋穂ちゃんが俺たちのもとに行人を引きずって来てくれたよーな気がしたんだよ」
「ん?」
「何つーんだろ。恋人が出来るとさ、男でも女でも付き合いが悪くなるじゃん? なのに、行人と秋穂ちゃんの場合は違ったんだよ」
確かに。
藍との生活があった為か、秋穂と一緒に住みはじめてから休日に友人と過ごせることを楽しく感じる時期が僕にはあった。
その後、秋穂へのお姫様としての扱いの行き過ぎと僕の臆病さから、ナンパ行為という愚行に走った。
けれど、そのおかげで僕は里菜さんやフジくんと知り合った。
ただ僕がナンパをしていることを秋穂をどこかで嫌な気持ちになっていただろう。
それを今更に申し訳なく思った。
「言うてもな」
と言いながら、秀がアクセルを踏んだ。
信号が青に変わっていた。
「恋人が出来ても付き合いを保ってるツレもいない訳じゃなかったんだよ。でも、そういう連中って例外なく恋人の悪口っつーか、不満? を言うんだよな」
「ふむ」
「いや、知らねーしって俺とかはなっちゃうんだよ。実際、ツレの恋人に対する不満を聞いても、こっちの気持ちが滅入るだけだし」
「そーいえば僕、秋穂の不満とか無かったわ」
というか、考えたことさえ無かった。
「マジか! 一年以上一緒に住んでおいて不満ないの?」
「思いつかないだけかも知れないけど、まぁないな」
秀は
「さすがぁ!」とゲラゲラ笑った。
僕は秀を無視して少し考えてみる。
多分、不満がないことは健全ではない。
そして、お姫様と用心棒という立ち位置を壊す、ということは普通の恋人通しみたいに互いの不満を外で言い合う関係になるのを意味している。
のかも知れない。
それでも良いのか?
良い気がした。
今までが、あまりにも特別すぎたのだ。
「あ、井口さんだ」
「ん?」
「いーぐーちーさーん」
秀は運転席側の窓を開けて、歩道側に向かってそう叫んだ。
僕も秀が手を振る方を見る。
井口。
同名かと思ったが、僕も知る井口だった。
スーツ姿でビニール袋を下げた井口は秀の声が聞こえなかったのか、そのまま通り過ぎていった。
「なぁ秀」
「ん?」
「その井口さんって人と、どーやって知り合ったんだ? 結構、年離れて見えたけど」
「あー、昔っつっても二、三年くらい前に、走り屋グループで知り合ったんだよ。つーか、この前話題になった、情熱乃風の元メンバーだよ」
井口が情熱乃風の元メンバー?
中谷優子の彼氏、川島疾風が属していた走り屋グループ。
偶然だろう。
というか、あの事件とは何も繋がらない。
関係する余地なんてない。
――昔、一人で走り屋みたいなことをしていた時期があったから。
――MR2の赤グラサンは本当に速かったんだよ。
以前の秋穂の台詞が頭に浮かぶ。
秋穂が走り屋なんて似合わない、と僕は思った。
けれど、それが誰かの影響だったのなら納得できる。
「はぁ」
自分の思考回路に思わずため息がもれた。
「え、なに、突然?」
「いや、前さ人生をRPGに例えて、みたいな話したじゃん?」
「したな」
「ゲームっつーとさ、プレイヤーが飽きないように事件とか謎が起きていくじゃん?」
「起きるなぁ」
「そーいうものの先にしかハッピーエンドってねぇのかな?」
秀が僕の言葉を飲み込み、咀嚼するように黙ってから言った。
「ゲームの終わりはハッピーかバッドって分けられるけど、人生にはエンドがあるだけで、ハッピーとかバッドってのはねぇんじゃねの?」
「確かに」
「人生をゲームに例えるのは生き方の一つ、見方の一つとしてあるねって話で。けど、考えれば考える程、人生はゲームでは有り得ない気がすんだよ」
「そうだな」
人生はゲームじゃない。現実だ。
秋穂と井口が過去に何かしらの関係があったからと言っても僕が望むもの、すべきことに変わらない。
そうだと決まった訳でもない。
それでも今の僕にとってのラスボスは井口となりそうだ。
ラストかどうかは、今のところ判断は出来ないけれど、対峙すべき人間であることは確かだった。
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