2013年【行人】私は幸せになったんだ。それを、知らせに来たの。
朝に里菜さんに電話を入れた。
すると、例の高級中華料理屋で明日、会うことになった。
秀は昼過ぎにマンションへ来る予定だった。
僕は手持無沙汰になって部屋を出た。
なんとなく、じっとしていると息が詰まるような気がした。
しばらく駅前を歩いたり、コンビニの前で煙草を吸っていると、目の前を見知った顔が通り過ぎた。
陽子。
その隣に同級生くらいの女性がいた。
なんとなく見覚えがある気がした。
女性が陽子の肩を叩き、僕を指さした。
陽子が僕を見て、分かりやすく顔をしかめた。
次に深いため息をついて、女性と顔を見合わせると僕の方に近づいてきた。
「なんで、こんなところにいんの? 行人」
「秀が来るまでの時間つぶし、に……」
最後まで続けられなかったのは、近くで見た女性が誰であるか分かったからだった。
「久しぶり、矢山くん。私が誰か分かる?」
「寺山、凛……さん」
凛は楽しげに笑みを深めた。
「正解」
中学二年の時に転校していった女子生徒。
ミヤの元彼女。
「あーあ。本当はもっと驚かす演出とか用意するつもりだったのになぁ」
と陽子がぼやいていた。
「で、行人。これから時間あるの?」
「いや、そろそろ秀が来る時間だから、もうマンションに戻ろうかなって思ってたわ」
言いながら、僕は凛を観察した。
髪先にパーマをあてていて、着ているグレーのワンピースがよくに似合っている。
どう見ても普通の大学生だ。
当たり前だけれど、中学二年の当時の面影は少ない。
「ん、じゃあ、明日か明後日かな。三人でご飯でも食べに行こう」
「そーだね。矢山くん、いろいろ喋ろうね」
僕は息を吐いてから言った。
「ねぇ、寺山さん。僕も凛さんって呼ぶから、僕のこと行人って呼ばない?」
「相変わらずの名字嫌いね」
と陽子が茶々を入れたが、僕は無視した。凛は少し考える間を取ってから、
「分かった」
と頷いた。
「じゃあ、行人くん。昔、私に言ったこと覚えてる?」
「昔?」
「中学三年生の夏休みに」
「んー」
中学三年の夏休み、僕は親戚の家にお世話になりに行った。
その理由の一つに寺山凛の引っ越し先が親戚の住む町だった、というのがあった。
当時、僕は凛に何を言ったっけ?
僕が思い出す前に凛が言った。
「幸せになってほしい、って。行人くんは言ったんだ」
「うん」
何となく僕は頷いた。
我ながら無責任な物言いだ。
「私は幸せになったんだ。それを、知らせに来たの。だから、いっぱい話を聞いてね」
「分かった」
と僕はしっかりと頷いた。
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