2013年【行人】あずきは怒っている。
昼過ぎに陽子が合流し、女手が二人になったので秋穂の私物をダンボールに詰める作業をお願いした。
もしも秋穂の私物を残して部屋を出た場合、片づけをするのが井口かも知れないと考えただけで嫌気がさした。
ダンボールに詰めた秋穂の私物は、そのまま西野家に送ろうかという話になったが、あずきが
「お隣だし、あたしが預かっておくよ。行人くん、秋穂さんの住所分かるよね? 手紙で荷物を預かっていることを知らせるね」
と言った。
そこまでは……、と言いかけて、あずきが本気で何かに怒っていることが分かって、僕は
「よろしく」
とだけ答えた。
あずきは怒っている。
私物の整理さえ出来ず出て行った秋穂に対して、そうせざる負えない状況を作った周囲に対して。
だから、あずきは一つの責任を負うことで、その怒りを形に残そうとしている。
そんなあずきを見て、陽子が
「良い子だね、あずきちゃん」
と言った。
良い子というか、執念深さがあって正直恐い。
僕の荷物はたいした量ではなかったけれど、車がある方が楽に終わると思い秀に電話をした。
すると、明日なら一日空いているということだったので、僕の作業は後回しにした。
夕方近くには秋穂の私物は全てダンボールに収めることができた。
陽子とあずきが終わりを告げに来た時、僕はベランダの掃除をしていた。
日が暮れた頃には三人ともリビングで、ぐだっと横たわっていた。
時間は丁度、夕食頃だった。
陽子もあずきも夕食を一緒にしてくれる、ということだったので、冷蔵庫の食材を全て使いきることにした。
野菜系、肉系、全て使える料理を考えるのが面倒だったので、鍋にした。
レタスもあったので、簡単なサラダを作った。
冷凍食品の一品おかずや調味料の数々は、あずきに全て持って帰ってもらうことになった。
「結局、行人って料理上手かったの?」
陽子が訪ねて、僕は少し考えてから
「そうでもなかった。結構、適当に作ってた」と答えた。
「作ってくれるだけ、有難いと思うけどね」
あずきは言いながら、鍋の中の春菊に箸をつける。
「そう言っていただけるのは嬉しいね。ほとんど、ヒモみたいな状態だったし」
「次は、ちゃんと働きなさい」
「うん。そこは理想じゃないなぁ」
女の子二人からの厳しい助言を受け止めつつ、僕は鍋のアク取りに専念した。
――――――
夜、一人になってから僕は田中さんが万引きした日に持っていたバッグを開けて、中から視認できない棒を取り出した。
山の小さな墓地で朝子が×××と聞き取れない言葉で言い、
使い所を間違えちゃ駄目だと続けた。
つまり、この視認できない棒には使うべき場所があると言うことだ。
先端に触れ、慎重に指を這わせていく。
やっぱり、三十センチくらいだ。
これを何に使えばいいのだろう?
視認できない、見えない。
その利点を考えてみたが、個人で使うには手に余る代物だと思った。
僕自身が透明になれる訳でもないし、三十センチそこらの透明な棒で出来る範囲なんてたかが知れている。
なら、考える方向性を変える。
使うと言っても色んな意味がある。
僕が欲しいものを得る為に、この視認できない棒を使うとすれば……。
朝子が意図した結論ではないかも知れないが、里菜さんにUMAだと言って渡してみようと思った。
少なくとも視認できない棒の使い道はやくざの方が価値を見出してくれるだろう。
代わりに僕は、僕の欲しいものを里菜さんから教えてもらおう。
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