2013年【行人】――これは祭りなんだ。

 光を追う為に僕の足は更にスピードを上げた。

 いつの間にか疲れはなくなり、バッグの重さも気にならなくなった。


 ただ光だけを追う為だけに僕の体はあった。


 木の根に躓き、草をかき分け、枝に腕をぶつけて僕は無様に進む。

 顔に蜘蛛の巣が掛かるような背筋の凍る感触を抜け、僕は手のひらを前へと向けた。


 光がその動きを遅め僕の前へ訪れた瞬間、

 何の躊躇もなく光を握りしめ、体いっぱいに抱えた。

 叫びだしたくなる喜びの中で、僕は獣のように吠えた。


 僕の声に応えるように、何かの唸り声が山に響き渡った。

 光を抱え、四方を見渡すと僕が追いかけた光と同じものが木々の隙間などから幾つも浮かび上がっているのが分かった。


 光が一つではないことに僕は混乱し、落胆する気持ちが沸き起こるかとも思ったが、

 不思議と僕は手と胸の内に抱えたはずの光があるだけで満足だった。


 地虫のような鳴き声が煩わしく耳の奥で響くと思うと、それが人の足音だと分かった。

 幾つもの足音が周囲を満たしていた。

 目を凝らし続けると、光は炎のように揺らめいているのが確認できた。


 僕は僕が抱えた光をそっと確認してみた。

 手のひらにちゃんと潜んでいる光は揺らめき、白い炎のようだった。

 僕の手からするりと光は抜け出し、目の高さまで浮遊した。

 そして、ついて来いとでも言うように進み始めた。


 またどこかで獣のような唸り声が聞こえた。

 二度、聞くとそれは人間のものだと分かった。


 光を追うと、森の奥底に大きな光が鎮座していることが窺えた。

 それが巨大な白い炎だと分かった。熱気が僕のところまで届き、涙が出た。

 僕

が立ち止まると、目の前にある小さな光も停止した。


「なんだこれ?」


 ――これは祭りなんだ。

 横で声がした。


 ――松明を持って山に登り、頂上の木々を燃やす祭り。


 聞き覚えのある声だった。

 横を見ると、そこには兄が立っていた。

 その瞬間に僕は兄に実体がないと理解した。


 ――ただ山を登って、下りる。とてもシンプルな信仰だろう?


「なぁ兄貴」


 兄は僕を見なかった。白く大きな炎を見つめ続けていた。


「本当に死んだのかよ?」


 そんな問いが口をついたのが不思議だった。

 兄など本当に、どうでもいいと僕は思っていたはずじゃないか。


 ――×××


 兄の言葉は聞き取れず、僕が何か言おうと口を開いた瞬間、

 白い炎が木々を燃やし尽くし、目にも止まらぬ勢いと速度で僕の前まで延びてきた。

 炎は獰猛な猛獣のように全てを薙ぎ払い僕を覆い尽くした。


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