2013年【行人】今の僕に、この小さな光は必要だった。
隣町の峠の入り口で下ろしてもらった。
田中さんは餞別と言って小ビンに入ったウィスキーを僕にくれた。
「山道をただ歩くだけじゃあ暇だろう? 所々の休憩に、飲むと良いよ」
「ありがとうございます」
素直に僕は頭を下げた。
走り去っていく田中さんの車が見えなくなるまで見送った後、
僕は外灯が立ち並んでいる歩道を登りはじめた。
ただ歩くのではなく、周囲に見える山に注意を配りながらでなければ意味がなかった。
が、山はただしんっと静かで暗く、動きというものが無かった。
二時間かけて僕は峠の頂上に至り、
田中さんのくれたウィスキーをちびちびと飲んだ。
山登りがメインではなく、山の観察がメインの為、僕は頂上で朝方まで粘るつもりだった。
秋穂の言う大きな鳥は空を覆うほどの翼を持っていると言っていた。
それが出現するのなら、山を観察し続けていれば必ず視認できると思った。
峠の道路に車の行き交いは殆ど見られなかった。
今日、見た限りで四台だけだった。
これだけの交通量ならば事件が起きても発見が遅れることは仕方がない。
そして、事件の処理、掃除を公的な組織にバレずにおこうのも、難しくはあっても不可能ではない。
ウィスキーの小ビンに口をつけたところで、ふと視界の隅をかすめる小さな光に気付いた。
光は僕の目の高さと同じ所を浮遊していた。
観察すると、僅かに上下しているのが分かり、上から釣り糸か何かで吊っているのかと考えたが、そういう動きとも違っていた。
なんだこれ?
と思いながら、小さな光を無視できなくなっている自分がいた。
ウィスキーの小ビンのキャップを締めバックに入れ、僕は光に手を伸ばした。
が、直前のところで光は僕から逃れた。
掴もうとすると、するりと逃げるこの感触に僕は覚えがあった。
気づけば、僕は小さな光を追って足を動かしていた。
周囲は黒く塗りつぶされ、足の裏で舗装された道路を移動していることしか分からなかった。
肩に食い込むバッグの重みを鬱陶しいと感じつつ、この重みを投げ捨ててしまったら僕は全てを失ってしまう危機感だけは持っていた。
光は時折、僕を窺うようにその動きを遅めた。
その度に僕は手を伸ばすものの光は爪先も触れさせてはくれなかった。
小さな浮遊感があった後、僕はその場に倒れ込んだ。
地面が道路から舗装されていない土に変わった。
山の中に入り込もうとしているのだと分かったが、それを危険だと僕の頭は判断しなかった。
僕が立ち上がる、そのタイムラグに光が掻き消えていないかの恐怖の方が勝っていた。
今の僕に、この小さな光は必要だった。
そこに明確な理論はなく、本能と言うほかなかった。
魂が求めていると言い換えても良い。
僕は小さな光を追うことで、はじめて魂が自足する概念であることを知った。
自らの意思でコントロール出来ないものが、僕の体か心の中にあり、それが今騒ぎだしている。
このような状態に陥り、僕は理性の底では恐怖し、歓喜していた。
僕は僕の知らない僕を今、体感している。
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