2013年【行人】「お姫様の用心棒です」
目を覚ますと、僕の瞳は涙で濡れていた。
顔の皮膚がひりひりと痛んだ。
周囲は深い暗闇に包まれていたが、僕自身が山の中にすっぽりと入り込んでいることは、木々の揺らめく音や土の感触で分かった。
手のひらに棒のような感触があり、体を起こして手を見たが暗闇の中ではよく分からなかった。
月明かりに照らそうとしても上手くいかなかった。
ポケットから携帯を取り出して、ライトを点けた。
あり得ないことだが、やはり棒は視認できなかった。
慎重に手で触れてみると直径三十センチほどの大きさであると分かった。
細く硬い、それは手触りが滑らかで何かの動物の骨を思わせた。
僕はバッグからタオルを取り出し、目に見えない棒を包んだ。
それから携帯のライトで周囲を照らしてみた。
が、四方木々に覆われていること以上は分からなかった。
夜の山の中を歩き回るよりは、ここで夜を明かそうと思った。
バッグから田中さんに貰った小ビンのウィスキーを取り出した時、後ろで木々が激しく揺れる音がした。
それは明らかに人為的な音で、振り向くと一人の男が立っていた。
月明かりで見る限り、男は誰かを担いでいるようだった。
男はじっと僕を見つめていた。
「こんばんわ」
男は僕の言葉には答えず、
「オマエ、こんなところで何やってんの?」
と言った。
僕は小ビンのウィスキーを持って、
「UMAを探しています」
と素直に答えた。
「UMA?」
男が草木を踏みつけて、こちらに近づいてきた。
あ、と声が出た。
「中谷勇次」
と彼のフルネームが自然と、こぼれた。
「オマエ、誰だよ?」
僕は本名を口にし、
「お姫様の用心棒です」と言った。
茶化す気持ち半分、秋穂の名前を口にすべきではないという判断が半分だった。
僕はお姫様に頼まれ、
勇次の姉である優子さんとその彼氏の行方を探す素人探偵みたいなことをしていたのだと、
勇次に説明した。
ついでに、あずきの名前も出してみたが無反応だった。
「で、オマエのお姫様はなにモンなわけ?」
「優子さんと同じ職場だったんですよ、結構仲が良かったみたいです。で、勇次くんは、今までどこへ行ってたんですか?」
用心棒口調というのを意識してみたが、単なる丁寧口調なだけだった。
「姉貴の友だちねぇ」
と言っただけで勇次は僕の問いに答えてくれなかった。
勇次が担いでいるのが男だと分かって、それも気にかかった。
あずきの話の中で、勇次の友人も休んでいると言っていた。
その人なのか、と考えを巡らせるが勇次に尋ねても答えてくれる気がしなかった。
「で、姉貴の行方は分かったわけ?」
一方的な質問攻めに不快感がない訳ではなかったが、僕は素直に答える。
「いや、ほとんど分かりませんでした」
「だろうな」
勇次も優子の行方を捜していたのだろうか。
疑問に思ったが、尋ねはしなかった。
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