2013年【行人】「生きてるより、死んでくれていた方が良いこともあるのかも知れない」

 僕はバッグを担ぎ、小ビンのウィスキーのキャップを開け口をつけた。

 ウィスキーのしびれるような酔いを口の中になじませた。そして、これからどうするべきかを思案した。


「お、酒か? 俺にもくれよ」


 勇次が言った。

 人一人を担いだ状態で、どうやって小ビンを受け取るのだろうと思いつつ僕はビンを差し出した。

 勇次は片手で担いだ男の体重を器用に支え、空いた手でウィスキーを受け取った。喉を鳴らすように琥珀色のウィスキーを飲んだ。


「うまい」

 と返されたビンには三分の一ほどしか残っていなかった。


「絶対、味楽しんでないっすよね?」


「酒なんか酔えばいいんだよ」


 女の子を酔わせられればの間違いでは、と思ったけれど、もちろん言わなかった。


「ちなみに、オマエ。山から下りる道、分かる?」


「あー、僕も迷っている状態だったんで」


「あっそ」

 言って、歩いて行こうとする勇次を見送るべきか悩み、結局は呼び止めた。


「あ?」


「僕も一緒に行っていいですか?」


「勝手にすれば?」


 と言う勇次の歩くスピードに変化はなかった。

 しばらく二人とも黙って山の中を歩いた。僕は勇次が切り開いてくれる道をついて行くだけでよかった。


「で、UMAは見つかったわけ?」

 勇次が言った。


「いなかった」

 自然と言葉がこぼれた。「でも、小さな光を見つけて、追いかけると死んだ兄貴に会った」


「意味、わかんねぇ」


「死んだ人間と会うって、よく分からないけど、それだけで世界が変わるような感覚になるよ」


「更に、わかんねぇ」


「兄貴のこと、嫌いだったんだよ。でも、今はそれほどでもないんだよ」


 言い終えて、本当にそうだと分かった。


「ふーん」


「生きてるより、死んでくれていた方が良いこともあるのかも知れない」


「そうか? 死んでたら、ムカついた時に蹴れねぇじゃねーか」


「それもそうだ」


「まぁ殺しても、すっきりできねぇモンはあるだろうけど」


 それはそうかも知れない。

 じゃあ、やはり僕からすれば蹴れなくて良いから死んでいてほしい気がする。

 そんなこと誰にも生涯にわたって言わないけれど。

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