2013年【行人】「時に生かされるような、時には殺されるような夢ってあるか?」

 薄い外灯の光に気づき、峠の道路に出られる道を見つけた。

 けれど、勇次はそちらに目も向けず、まっすぐ進もうとする。


「峠にでないの?」


「あ? 峠に出ると遠回りになんだよ。このまままっすぐ歩いた方が早い。守田を」

 と後ろの背負っている人を顎で示し「病院に連れていかねぇといけねぇから」


「そっか。じゃあ、僕は峠の方に出るよ」


「あっそ」


「そのまま、まっすぐ行くと何処に出んの? そこに救急車、呼んどくけど」


 気づいたら、丁寧口調がなくなっていた。


「あ―」

 と勇次が言った場所は、僕もよく知っていた。


「分かった。電話しとく」


 勇次が僕を見つめていた。

「なぁ、アンタ。夢ってあるか?」


「え?」


「時に生かされるような、時には殺されるような夢ってあるか?」


 生命そのものみたいな夢だと僕は思った。

 考えるまでもなかった。


「あるよ」


「あっそ」


 それ以上の追及をしない辺り勇次らしい気がした。


「ねぇ、勇次くんは? そんな夢ってある?」


 一瞬、勇次が笑ったような気がした。


「当然」


 勇次は背を向けると木々の中を進みはじめた。


 彼が抱く、生命そのものみたいな夢。

 それが何か僕は知ることはないだろう。

 ただ、それが叶えばいい、と本気で思った。


 僕は勇次の背中を見送った後、薄い外灯の光に向かって歩きつつ携帯を開いた。



 僕の兄貴は二十一歳の時に書いた小説で新人賞を受賞した。

 その小説は本屋で平積みされ、重版がかかり、映画化の話までくる人気作品となった。

 調子に乗った兄貴は、上京し金を湯水のように使った。

 兄貴が豪遊する姿がネットにアップされ、ひどいバッシングを受けた。


 そこから賞をとった作品の批判がネットで始まり、パクリ疑惑が浮上した頃、きていた映画の話が流れた。


 それでも兄貴は二作目を書き、編集者に見せた。

 それが出版されることはなかった。

 金がなくなり借金と共に地元に戻ってきた兄貴は働きもせず、取材と称して遊びまわるようになった。

 母の話では、それ以降、兄貴は一度も作品を書き上げていない。


 腹が立つことだけれど、僕は兄貴の小説が好きだった。

 書いた本人と作品は別物だと言う話を聞くが僕はそれに同意する。

 兄貴と作品は別のものだった。

 しかし、兄貴にしか、あの作品は書けなかったのも確かだった。


 僕は兄貴が書く新作を心待ちにしていた。

 地元に戻ってきても、小説を書いてほしかった。

 けれど、死んでいると分かった今、僕の中にあるのは安心と、悔しさだった。


 もう兄貴の新作を読むことはできない、という悔しさ。

 もう兄貴に期待をせずに済むのだ、という安心。

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