2013年【行人】今日は安藤朝子の命日だった。
翌朝、秋穂はアルバイトの時間まで寝ると言っていたので起きてこず、
僕は一人でトーストとゆで卵の朝食を取ってから、外出する準備をした。
昨日、買っておいた新作のチョコレートを持って僕はマンションを出た。
夏も終わりのはずなのに、日差しは厳しく歩くだけでじっとりと汗が浮かんだ。
中学校の校舎を越え、住宅街と畑を抜けると、長い上り坂に差し掛かった。
岩田屋町は幾つもの山に囲まれている。
その一つに大きな霊園があり、町の住民の故人のほとんどが、ここに埋葬されていた。
僕は駐車場の近くにある小さな倉庫から、ひしゃくと手桶を借りる。
水道水を手桶の半分くらい注ぎ、お墓とお墓の並んだ通り路を進み、「安藤」の名が掘られた墓石の前で止まった。
安藤は僕の名字ではなく、十五歳の時に二度だけ会った女の子の名字だった。
今日は安藤朝子の命日だった。
墓石はすでに綺麗に掃除されていて、お花も立派なものが添えられていた。
僕も花を買ってくるべきだったな、
と思いながら、ひしゃくでお墓に水をかけた。それから新作のチョコレートをお供えした。
手を合わせて浮かぶのは、朝子のことだった。
会った二回とも彼女は動物柄のパジャマを着ていた。話をした内容も今となっては曖昧だ。
ただ、ドリーム・カム・トゥルーの話をしたことは覚えている。
僕は、「朝がまた来る」が好きで、朝子は「未来予想図」が好きだと言った。
そして、朝子は未来予想図のフレーズを小さく口ずさんだ。
透き通った綺麗な声だった。
ひしゃくと手桶を元の倉庫に戻し、僕は駅へ歩いた。駅前のコンビニで僕は朝刊をすべて買った。ストリートナンパ師の集まりは市内でおこなわれる。
電車で一時間の距離だった。その間で僕は朝刊をすべて読み、ネットでニュースを漁った。
行方不明になっているのは中谷優子、川島疾風、そして兄貴とそのグループ、中心人物はやくざの息子だと言うサル顔。確定ではないのが、中谷優子の弟の中谷勇次とその友人。
電話口で何かを知っていると匂わせてきた、やくざの里菜さん。
確実に何かが起きたのだ。
あるいは、今も起き続けている。それはまだメディアで発信される類のことはではない。もしくは、まだ伏せられたままか。
何にしても僕は、自分とは関係のない他人の事情に首を突っ込もうとしている。それは人の生き死に関わっているのかも知れない。
時間が経てば経つほどに、行方不明の人たちの生死の可能性が死に傾いてしまう。知らなくて良いことが世の中にはたくさんある。
それでも秋穂の頼みである以上、引っ込めないのも事実だった。
――――――――
市内に到着し、待ち合わせのモールの前でフジくんを捜したが姿は見えなかった。電話をしてみたが、繋がらなかった。ただすぐにフジくんが言っていたストリートナンパ師の集まりは確認できたので、その中の一人に声をかけた。
「んーフジくん?」
はいと僕は頷く。
声をかけたストリートナンパ師は髪が針金みたいになっていた。
「仕事が忙しくなったとかで来れないって連絡あったよ」
自分から誘っておいてドタキャンって、乙女気分を味わいたい女子か。
「仕事って、何をしているんですか、フジくん」
「え、知らないの?」
「はい」
「やくざだよ」
口もとが引きつる。
ちくしょう。
なんだ、流行ってんのか、やくざ。
「やくざの仕事って、どんなんですかね?」
針金みたいな髪の男は考えるようなしぐさをし
「祭りの屋台とかじゃない?」
と脳みそが発泡スチロールでできているような発言をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます