2013年【行人】目を覚ますと秋穂がいなくなっていた。

 目を覚ますと秋穂がいなくなっていた。

 秋穂の部屋のドアはいつの間にか開いていて、部屋中を回ってみてもいなかった。

 大学に行く用のバッグと秋穂がいつも履くスニーカーがなくなっていた。


 時間を見ると、僕は一瞬で血の気が引いた。

 朝の九時過ぎ。


 僕はゆうに十数時間もの間、眠っていたのだ。

 いかにナツキさんの殺人に動揺し、秋穂を心配したとは言え、これは失態だ。

 昨晩は死んだ兄貴と会った為にか三時間くらいしか眠れなかった、とは言っても寝過ぎだった。


 ここに来ても兄貴か、とイラついた。

 意味がなくとも誰かのせいにしたかった。

 深く息を吸って、吐いた。


 もう一度、部屋を確認してから靴を履いて外へ出た。

 近所のコンビニ。公園、駅、大学と見て回り、まだ開店していないスーパーの前にたどり着いた時、携帯で秋穂と連絡を取ることに思い至った。

 有り得ない。


 気が動転していたと言っても、携帯の存在を忘れているなんて現代人として失格だ。


 携帯をポケットから取り出すと充電が切れていた。

 うめき声とも、悪態ともつかない叫びの後に僕はマンションへ走って戻り、携帯を充電した。

 落ち着け落ち着け、と僕は呟く。

 頭の中では昨日のジャイアンとスネ夫のニヤニヤ顔が粘りを持って浮かび、怒りが溜まっていった。


 落ち着くなんて無理だった。

 携帯の電源が回復して、メールと着信を確認した。

 秋穂からのものはない。


 舌打ち。


 秋穂に電話をした。

 コール音もなく、電源が切られているか、電波の繋がらない場所にいる為……というアナウンスが流れる。

 目の奥がチカチカと痛んだ。


 秋穂が外に出る事情とはなんだろう?

 警察が訪ねてきたのだとしたら、チャイムで僕は目覚めるはずだ。

 実家に行くにしても携帯の電源を切っている理由が浮かばない。


 いや、それ以前に何故、秋穂はなにも告げずに部屋を出たのだろう?

 僕は秋穂の部屋の前の廊下で眠っていた。

 どこに行くにしても、一言あっても良いのではないか。

 そうすることができない事情が秋穂にあった。


 問題はそこだ。


 くそっ、と叫び、僕はダメもとであずきに電話をかけたが、繋がらなかった。

 時間を見ると、十時を過ぎていた。

 高校生のあずきは、この時間だと授業中だ。


 続いて陽子にも電話を入れてみた。

 しかし、コール音が鳴るだけで、出る気配はなかった。

 嫌な汗が吹き上がり、冷蔵庫の中のミネラルウォーターを一気に飲み干した。

 冷たい水が胃を満たし、血が体中を巡っていくのが分かった。


 ――全ては行人くん、君次第だ。何が起きて、そして、何が起きなかったとしても。選ばなければいけないし、選び直さないといけない。


 ナツキさんの言葉が浮かぶ。

 僕次第。

 分からない。ただ、ナツキさんの口ぶりなら決定権は僕にある。

 冷静に物ごとを考えるしかない。


 もう一度、外を回ってみようと服を着替えている時に、チャイムが鳴った。

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