2013年【行人】「連れのハメ撮り動画で抜くか、死ね」

 陽子と別れ、スーパーで買い物を終えた時に携帯が震えた。

 バーの店員、圭太からの電話だった。


「もしもし、どーした?」


『あ、行人? お前さ、パソコンって持ってったけ?』


「いや、僕は持ってないよ。秋穂が持ってて、ネットが必要な時は使わせてもらってるって感じだな」


『ちっ、じゃあダメだな。今から、店に来れるか?』


「は? いや、買い物の帰りだし、夕食の準備とかも……」


『んなもん、後回しで良いから来い』


 圭太の口調から只事ではないと分かり、僕はその足でバーへと向かった。

 秋穂には、帰宅が遅れるとメールを送った。


 クローズにしてある店のドアを叩くと、すぐに圭太が顔を出した。


「よぉ、とりあえず入れよ」


 言われるまま僕はBGMのない店内に入り、手近なカウンター席に座った。

 スーパーの買い物袋は隣の席に置く。


「で、なんだよ?」


 という僕の声を無視して圭太はノートパソコンをカウンターに置いた。

 画面には動画の再生ボタンが浮かんでいた。


「見てみ」


 言われるまま僕は動画を再生した。

 現れたのは部屋だった。

 真ん中にベッドがあり、横にスタンドなどが置かれた棚や本棚がある。ベッドには男女が座り、互いに唇を合わせていた。


 なんだハメ撮りか、

 と冷めた気持ちに僕はならなかった。


 画面に映っているのが僕だったから。


「うわぁ」


 僕とキスをしているのは藍だ。

 映像の中にあるベッドやスタンド、ガラステーブルなんかも見覚えがある。僕が二年間、お世話になった藍の部屋だ。


 一年以上前の奴隷だった頃の僕がそこにはいた。


「ばっちり最後まで撮られてるからな」

 圭太が言った。


「これで抜いたの?」


「連れのハメ撮り動画で抜くか、死ね」


「だよなぁ」


 画面の中の僕が藍を押し倒し、更にキスをする。

 

おー、僕ってこんな風にキスしてんだなぁ、

 初めて知った。


「なぁ行人。とりあえず、ウィスキーでもどうだ?」


「もらうわ」


「ロック?」


「そのままで」


 僕の前にあるコースターの上に琥珀色のウィスキーが注がれた背の低いロックグラスを圭太が置いてくれた。

 僕は礼を言って、ウィスキーを舐めるように飲んだ。


 僕は藍との性生活の中で一度だってハメ撮りはしなかったし、目の前の映像は固定カメラで撮られたものだ。

 藍は僕には気づかれないようにカメラを設置し、撮影したのだろう。


「で、この動画どうしたんだ?」


 圭太は煙草を咥え、ライターで火を点けた。

「まず、この動画はネットにアップされたものだ。だから、完全に削除するのは不可能だと思った方が良い」


「いいよ。秋穂が見る前に確認できて良かった」


「お前は本当に秋穂ちゃんが大事だよな」


「そりゃあね」


 画面の中の僕は藍の服を脱がしにかかる。お互いの服装からして冬だ。

 いつのだろう?

 たかが一年ほど前のことなのに、何ひとつ記憶に浮かび上ってくるものがなかった。

 目の前に映し出された映像の僕は別の時間軸を生きた他人の僕であるような気さえした。

 そのくせ、懐かしい感情だけは確かに溢れてくるのだった。


「俺はね、行人。お前と秋穂ちゃんの関係が羨ましいんだ。だから、こーいう詰まらないものでダメになってほしくねぇんだわ」


「ありがと。ダメにはならないから大丈夫」


 圭太がジンを使った簡単なカクテルを作り、それを飲もうとしたので、僕はグラスを少し持ちあげた。

 圭太が僕のロックグラスに自分のグラスをぶつけた。

 子気味の良い音が響いた。


「なんの乾杯だよ」


 さぁ、と言葉を濁した。

「で、この動画をネットに上げたのってやっぱり藍?」


「だとしたら、もう動いている気はするんだよな」


「確かに」


 昨日の夕食の時の秋穂は普段通りだった。

 おそらく、秋穂はまだ見ていない。

 目的が分からない、というのは不気味だが、どんな時も冷静でいる以外に問題の対処は有り得ない。


「ちなみに、圭太はこの動画、何で知ったんだ?」


「店長が見つけて来たんだよ。行人の元カノさん、時々うちに来てくれるから」


「へぇ」

 知らなかった。

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