2013年【行人】「神様」

「ごめん、特に面白い話は浮かんでこないわ」


 僕の言葉に陽子は、

「あっそ」

 と対して期待していなかったように頷いてから

「ちなみに行人は同窓会、行くの?」と続けた。


「行かない」


「ふーん。じゃあ、今度。私の為に時間作ってよ」


「デート?」


「したいの?」


「ふむ。したいね」


 はぁ、と陽子は呆れたようなため息をついた。

「とりあえず、時間作ってね」


「りょーかい」


 言って、そろそろスーパーに行かないと夕食の準備が遅れると思った。

 けれど、そこで思い浮かぶものがあって、口を開いた。


「最近さ」

 と僕は峠についての説明して

「何か知っていることはある?」

 と尋ねた時、後悔が沸いた。


 陽子の表情に笑みはなく、戸惑いと悲しみがない交ぜになっていた。


「朝子が、」


「うん」


「朝子がよく行っていた山だよね?」


「そうだよ」


 安藤朝子。

 僕が十五歳の時に二度だけ会った女の子。

 秋穂から、陽子がこの時期に帰省していると聞いた時、それは当然だと思った。

 朝子の命日があるのだから。


「実家に帰ってくる度に、あの山にあるお墓に行くんだ。

 夜に行くと、やっぱり階段が真っ暗で怖いんだけど、お墓に到着すると綺麗な夜景が広がっていて、来て良かったって毎回思うんだ。

 最近は、あの峠も走り屋たちが走ったりしなくなったから静かで、それが少し淋しいかな」


 それだけ、と陽子が笑った。


「うん、ありがとう」


 十五歳のあの時期、陽子は妹の朝子に近づかないようにしていた。

 その事情を僕は詳しく知らない。

 ただ夜な夜な病院を抜け出して、どこかへ通っている朝子のことを心配した陽子は僕に彼女の足取りを追ってほしいと頼んできた。


 丁度、夏休みの宿題がまったく終わっていなかった僕は、宿題の手伝いをしてもらうことで、それを承諾した。

 そうして出会った朝子は僕に、歌っているみたいに走る車を教えてくれた。

 理不尽に対する確かな憤りのような激しさが含まれた歌。


「そういえば、朝子は探し物をしているって言って病院を抜け出してたって話、行人にしたっけ?」


「したような気もするけど」


 しっかりと覚えている訳ではなかった。

「何を探していたんだっけ?」


「神様」


 へぇ、と頷きながら、秋穂の話を思い出した。

 広げた羽で空のほとんどを隠してしまうような、大きな鳥。


 朝子もその鳥を見たのだろうか?

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