2013年【行人】加害者の身内。

 中華料理屋を後にして、煙草を吸いながらぶらぶら歩いた。

 小さな公園に差し掛かり、僕の胃が捻じれるのが分かった。


 限界だった。


 僕は公園の公衆トイレの個室で吐いた。

 吐瀉物が舌の上を通る瞬間、ようやくフィッシュバーガーの味がした。


 トイレの水を流し、呼吸を整えた。

 舌には胃液とフィッシュバーガー、煙草の味が混ざって残っていた。

 公衆トイレを出て近くの自動販売機でペットボトルのお茶を買った。


 秋穂に頼まれて始めた中谷優子と川島疾風の行方探しの結果は事故による両名の死亡。

 行方が分からなくなっていた兄貴とやくざの息子グループが事故の原因だった。


 発見時、兄貴は裸で中谷優子の上に乗っていた。


 本当かどうか確認する術はない。

 里菜さんの話を信じるか、信じないか。

 その二択が目の前にある。

 同時に、兄貴ならしかねないという気持ちも僕の中にはある。


 レイプ犯の弟。


 里菜さんは僕をそう呼んだ。

 生涯、僕の中にざらりとした感触を残す最悪な名称だ。

 そうして秋穂もまた僕よりも明確な名称を背負っている。


 人殺しの妹。


 加害者の身内。

 世間から常に囁かれるだろう、その重圧は僕に想像さえさせなかった。

 ただ浮かんだのは、僕らが住む部屋のドアを何度も叩くジャイアンとスネ夫に似た大学生の姿だった。


 お茶のペットボトルを一気にあおる。

 僕は里菜さんに会いに行くまで無関係でいられた。

 少なくとも無関係者面することができた。

 けれど、兄貴の話を聞かされた今。僕は偶然、無関係でいられただけだと気づいた。


 例えば、兄貴にレイプされたのが秋穂だったら。


 例えば、ナツキさんが殺したのが秋穂だったら。


 僕は冷静でいられただろうか? 

 無理だ。

 その場合、どうしたって僕は彼らを地獄の底に沈める為に動く。

 兄貴だろうと、ナツキさんだろうと僕は容赦しない。


 しかし、同時に思うことは、逆に僕が加害者になることだってある、ということだ。

 僕が何かの拍子に誰かをレイプしないと、

 誰かを殺してしまわないとは絶対に言い切れないのだ。


 そんなつもりがなくとも、性行為した女性がレイプと感じればそれはレイプとなるかも知れない。

 殺すつもりがなくとも、例えば車をただ走らせているだけでその先に人がいないとは言い切れない。


 僕はただ偶然、加害者じゃなかった。

 しかし、無関係とは言えず、少なくとも被害者側ではない場所に今確かに立っている。

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