2013年【行人】できれば僕の知っている人、みんな幸せになってほしい

「嬉しかったんだぁ。行人くんが私の引っ越した町に来てくれたことが」


 陽子たちと合流して、駅前のカフェで注文を終えてから凛が言った。


「僕も嬉しかったよ。

 中学三年の夏に、ちゃんと会ってくれて。僕はその他大勢に属していて、凛さんのことを傍観している立場だったから」


「ううん。私の転校は、私が弱かったからだもん。もちろん、理不尽だったなぁって思うことは色々あるけど、それも含めて陳腐だけど現実だって、今は思ってるよ」


「そっか」


 注文した商品を店員が届けに来てくれてから、僕は言った。


「にしても、どうして陽子と凛さんは仲良くなったんだ?」


 僕の記憶では陽子と凛に面識はなかった。

 陽子はあの当時、僕らとは違うクラスだったし、他の場面でも凛との接点が思いつかなかった。

 けれど、答えは思いの他に単純だった。


「私と凛は今、同じ大学なんだよ。しかも、マンションも凄く近い」


「なるほど」と僕は頷く。


「そんな訳で仲良くなってみたら昔、同じ中学校に通っていたってことが分かって、わーって盛り上がって、そこで行人の話になって。で、だったら内緒で会いに来ようっとなったわけ」


「前は行人くんが来てくれたからね、次は私って思って」


「なるほど」


「本当は秋穂さんとも会いたかったんだけどね」


 凛の言葉に僕は黙ってしまった。陽子は曖昧な笑みを浮かべて、

「それは次の機会だね」

 と言った。


「そうだね」と凛が笑った。


 しばらく陽子と凛の大学の話を聞いた。

 大学生活は僕が思っていた以上に大変そうで、楽しそうだった。


 携帯の着信音が聞こえ、陽子が「電話だ」と言って席を離れて行ってしまった。

 先に口を開いたのは凛だった。


「行人くんが私の町に来てくれた時、喋ったこと覚えてる?」


「おぼろげに」


「前、会った時に言ったけどさ。あの頃、行人くんが言ったんだよね。できれば僕の知っている人、みんな幸せになってほしいって」


 青くさい台詞だけれど、僕は確かにそのようなことを凛に言った。


「聞いた当時は、ふーんくらいにしか思っていなかったんだけどね。ある日、ふと思ったんだ。

『なってほしい』なんだって。

 知っている人を幸せにしたい、じゃないってところが、凄く良いって思ったんだ」


「良いの?」


 僕からすれば無責任な戯言くらいにしか感じない。


「だって、幸せにしたいは無理じゃない、絶対に。でも、なってほしいは言われた方、この場合は私だけど、その私の努力でなんとかなることじゃない? エールの言葉として、無責任だけど、だからこそ良いなって私は思ったんだ」


「なるほど」


 そう言われてみると、確かに適切かどうかは分からないけれど、距離の取れた言葉ではあった。

「凛さんはさ、幸せなの?」


「幸せだよ。少なくとも幸せにはなろうとしなきゃ、なれないものだから」


 それはそうかも知れない。


「それで行人くん。君は、幸せ?」


「うーん」

 と考え込んでから、「なっている最中、かな」と笑った。

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