2013年【行人】問題の全ては結局ここに帰結する。
マンションに帰り着いた頃には日が暮れていた。
部屋には電気が点いていて、陽子はソファーに寝そべって携帯をいじっていた。
「おかえり」
「ただいま」
「お腹すかない?」
陽子に言われて、僕は一日なにも食べていないことに気付き、空腹を感じた。
陽子も朝に簡単な朝食をとっただけだと言った。
冷蔵庫に残っている食材で何か作っても良かったけれど、そういう気力が沸かず、二人で外へ食べに行くことにした。
「そういえば、陽子ってお酒飲むの?」
「普通に好きだよ」
「じゃあ」
と言って案内したのは、田中さんとよく会う近所の居酒屋だった。
顔なじみの店員さんに生ビールを二つ頼んだ。
それから半熟卵のシーザーサラダ、ほうれんそうのチーズ焼き、自家製ローストビーフを僕は頼んだ。
陽子はだし巻き卵と九条葱イカ焼きを、と言った。
お通しはレンコンの煮物だった。
運ばれてきたグラスジョッキに注がれたビールを手に取って、乾杯するのも変だと思い、
「お疲れ」
とだけ言って僕はそのまま口に運んだ。
陽子も気にせずレンコンに箸をつけ、ビールを飲んだ。
「それで、行人。秋穂のことで何か考えついた?」
「うん」
と頷いてから、僕は考えていたことを口にした。「この現状で秋穂が『そうせずにはいられない』ことはナツキさんだと思う」
中谷勇次と比べて何か分かることはなかった。
ただ『そうせずにはいられない』気持ちは正義にとって無視できない悪のように、目に見えた瞬間に起こる突発的なものだとは分かった。
秋穂の前で起きた事件は中谷優子と川島疾風の失踪、
そして、西野ナツキの殺人。
どちらかであるなら、ナツキさんの方であるのは明白だった。
「ふむ」
「で、一緒に住んでいた頃にも、秋穂は『そうせずにはいられない』状態に陥っていたと思う。
というか、今考えれば一緒に住もうって言ってきた時も、そうだったんだ」
――行人が今いる環境が良くないって思ったから。
最初から秋穂は何かしらの使命感によって僕と一緒に住むと決めた節があった。
だから、秋穂の『そうせずにはいられない』感情に最も救われた人間は僕なのだろう。
「なるほど」
「確かなことは言えないけど、今回の中谷優子さんの足取りを探るっていうのも、そうなんだよ」
「それは行人を頼ったんだよね?」
そう、秋穂は常に一人で『そうせずにはいられない』ことに直進していた訳ではない。それが僕の一つの結論だった。
「秋穂は冷静なんだと思う。
『そうせずにはいられない』状態に陥っても、まずそれが自分に出来ることかどうかを考えている。そして、難しいものに対しては僕を頼ってくれていた」
「んー、ということは」
「うん。今回、秋穂は一人でその使命的なものを突き通す方が効率が良い、あるいは自分一人でしないといけないことだと考えているんだと思う」
「なるほどね。
それが何か、というかナツキさんの殺人事件についての、どの部分にこだわっているのかが分かれば、秋穂の居場所と目的も分かるって訳ね」
秋穂が今どこにいるのか僕には予想もできない。
井口は町を離れた、と言っていた。
それを頭から信じていいのかも疑わしい。
半熟卵のシーザーサラダとだし巻き卵が運ばれてきた。
僕がシーザーサラダの半熟卵を箸で割る時に陽子が言った。
「もう一つの問題。これが一番の難問だって思うけど。どうしたら次は秋穂に黙って去られないかを考える」
僕はビールを飲む。
「上手く秋穂を捕まえられて、また一緒に暮せるようになったとしても、行人が今のままだったら意味がないと思う。
井口さんが秋穂と行人の関係をどういう風に見ていたか私は知らない」
けどね、と陽子は目を細めて僕を見た。
「私の目から見ても、二人の関係は十五歳の頃から何も変わっていない」
そして、それは僕が自分のことしか考えてこなかった結果だ。
問題の全ては結局ここに帰結する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます