2013年【行人】僕が秋穂と契約をした場所。
『最初は見間違いかなって思ったんだよ。その土地に居るからじゃなくて、俺の記憶の西野さんから、かけ離れていたから』
「どういうこと?」
『あまりにも無表情で、覇気がなかったんだよ。服装とか髪とかもちょっと頓着がなくて……、病的っていう言葉は好きじゃないけど、そーいう感じがあったんだ』
無表情? 病的?
「それ、どーいうことだよ?」
『あくまで俺の見解なんだけどな。あーなんて言うべきかな。……ん、俺がさ凛を教室でいじったことがあったじゃん?』
「あったな」
それで凛は教室を出て行き、不登校になった。
『あの瞬間さ、間違いなく俺は俺じゃなくなっていたんだよ。っつーても、社会的には俺であることに違いはないんだけど、精神的な意味で俺は俺を正確に操作できていない状態だったんだよ』
「うん」
『で、後から考えた結論なんだけど、中学二年のあの教室に居た宮本歩っつー人間は、クラスメイトが作り出した人気者の宮本歩だったんだよ』
分かるか?
とミヤが言い、なんとなく分かると返事した。
『だからさ、好きな女の子と手を繋ぐだけで半年かかって、誕生日を聞くだけで三時間くらい黙っちゃうような本当っつーか、そう認識していた俺とは違った俺が教室のあの空間では存在していたんだよ。で、その俺ってのが何で出来上がってるかっつーと、人気者である俺でいることを教室の皆が望んでいるってどっかで感じ取っていたからなんだよな』
他人が作った宮本歩と自分が思っている宮本歩の解離。
『まぁ、人間って多かれ少なかれ、そーいう他人の目とか感情とかを取り入れて自分っていうものを作っちゃう部分って絶対にあると思うんだよ』
「そうだな」
『西野さんは、人殺しの妹っていう役割を真っ当しようとしているように俺は見えたんだ』
人殺しの妹。
『気になって調べた。亡くなった藤田京子の住んでいた町で、藤田京子の両親が住んでいる町が今西野さんがいる町だ』
「海の見える町ってことだよな?」
『なんだ、分かってたのか?』
「いや、なんとなくだよ」
テレビで被害者自宅付近の映像が流れた時、僕は妙な既視感を覚えた。
今思えばあれは、秋穂と僕が小学五年生の頃に行った隣の県の観光地の光景だった。
僕が秋穂と契約をした場所。
『俺が言えることは少ないけど、昔の俺を参考にするとさ。西野さんは今、最高に空気を読んでいる状態なんだよな。人殺しの妹っていう空気を読んでいる……いや、空気に支配されているって言っても良いかも知れないな』
「空気に支配」
『あぁ、そっちの方がしっくり来るな。まぁ俺の印象でしかねぇから、その辺は本人と会った時に行人が確かめてくれ』
「分かった」
『それでまぁ問題は空気な訳だ、支配されているにせよ、読んでいるにせよ。そこに有効な解毒剤を探すなら水なんだよ。水を差すんだ』
水を差す。
言葉の意味は確か、上手く行っている事を乱すこと、だったかな。
「僕が水ってこと?」
『半分正解。でも、水は空気を萎ませることは出来ても、新しい空気を作り出すことはできない。だから、水だけじゃダメで。水の後に新しい空気としての役割も行人が担わなければいけない』
「なぁ、ミヤ」
『なんだよ?』
「滅茶苦茶、難しいこと言うな」
『昔から好きな女の為なんだ、難しいことくらい何でもねぇだろ。やることは分かってんだから』
確かに。
人殺しの妹という役割に支配されている秋穂に水を差し、まったく新しい役割を与える。
やるべきことが分かれば後は頭を回転させて、行動するだけだ。
『行人ー』
「なに?」
『今度、俺らで同窓会をしようぜ。その為に、ちゃんと西野さんとの関係、復活させとけよ』
自然と笑みがこぼれた。
「了解」
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