2013年【行人】秋穂を慰めんのは僕の役目だから。
カフェを出て、マンションへ帰り着いた。
部屋のあるフロアの廊下で、僕は立ち止まった。
僕と秋穂が暮らしている部屋の前に、男が二人いるのが分かった。
二人はチャイムを無遠慮に何度も鳴らしたかと思えば、ドアを乱暴に蹴った。
「なにやってんの?」
と僕は男二人に近づいた。
体格が良いのと、ひょろっとした細身の二人で、
丁度ドラえもんのジャイアンとスネ夫がひねくれて成長したら、こんな感じになるんじゃないだろうか?
「あ? てめぇには関係ねぇだろ」
ジャイアンが言い、またチャイムを鳴らす。
そして、
「なぁ秋穂ぉ、マジで大事な話があんだって、出てきてくれよ。なぁ?」
とキモいねこなで声で言った。
「大学でさ、悪いことしたなって思ってるんだよ。だからさ、謝らせてくんない? ボク、ちゃんと秋穂ちゃんの顔を見ながら謝りたいんだよ」
とスネ夫が言う。
彼の手には、ビデオカメラが握られていた。
「マジで秋穂ぉ、俺らのこと誤解してるって。
俺、マジで秋穂のこと本気なんだって、真面目に。だからさ、ドア開けてくんない?
なぁ?
俺と秋穂の仲じゃん」
ガチャガチャとドアノブを回す。
終始、にやにやしている二人が秋穂の名を呼ぶ度に、僕の頭に火が点くような怒りが沸き起こった。
一度、深呼吸して、僕は携帯を開いて110を押した。
「警察ですか、人の部屋の前で、住民を執拗に脅している二人組がいます。住所は……」
「おいっ! てめぇなに言ってんだぁ!」
住所を二度繰り返した後、僕は携帯を閉じて、ジャイアンとスネ夫と向き合った。
「てめぇ、こっちは女と一発やろうって時に、水さしてんじゃねぇぞ」
とジャイアンが僕の胸倉を掴む。
「あ?」
自分でも思ったよりも低い声が出た。
何コイツ、秋穂とセックスする気でここにいんの?
「っつーか、ほっといても警察は来るって」
スネ夫がにやけた笑みを貼りつけたままに言う。
「なんで?」
僕は目の前にいるジャイアンを無視して、スネ夫を見る。
「きみ、ニュースも見てないの?
秋穂ちゃんのお兄さんが人を殺したんだよ。
被害者は女性で、殺害は半年前。秋穂ちゃんのお兄さんは半年もの間、自首もせずに周囲を騙してたんだ」
「そんな鬼畜なお兄ちゃんを持った秋穂が俺らは心配で。
こうやってお見舞いに来てるってわけ。分かる? 警察もここにきて、事情を聞きに来るだろーけど。
なぁ? その前に、俺らで慰めてやらなきゃって。
もう、これは慈善事業だよね」
こいつらは何を言っているんだ?
秋穂の兄が人を殺した? ナツキさんが? 何で?
いや、それより。
僕は胸倉を掴んだままでいるジャイアンを思いっきり蹴った。
「お前らみたいな蛆虫は、さっさと帰れよ。
秋穂を慰めんのは僕の役目だから。消えろ」
「はぁ?」
よろけたジャイアンが僕を睨む。
ここは譲れない。
秋穂の力になるのは僕だ。
そこで僕の頭に軽い衝撃があった。
振り向くと制服姿のあずきが僕の頭にチョップを喰らわせていた。
「勝手にキレてんじゃないよ、行人くん」
言うとあずきは僕の手を引いて歩き出した。
ジャイアンとスネ夫が叫びながら僕らを追う。僕の服を掴んだスネ夫の手に持ったビデオカメラを蹴る。
ジャイアンが慌ててカメラを拾う。
「おい、ハメ撮りできねぇようになんじゃねぇかよ」
ジャイアンが言って、
僕はまた頭に血が上る思いだったが、あずきがすぐそばのドアを開けて僕を引き込んで、鍵を閉めチェーンをかけた。
あずきの表情には固い緊張が窺えた。
ガンッガンッと扉を蹴る音、
ジャイアンとスネ夫が僕をなじる罵声がしばらく嵐のように続いた。あずきが僕の代わりと言うように震えて、俯いた。
僕はそんなあずきを抱きしめた。
「ありがとう」
言うと、あずきがまた僕にチョップをした。
「さりげなくセクハラすんな」
「すみません」
あずきは靴を脱いで部屋の奥へと入っていく。
僕と秋穂の住む部屋の隣はあずきと母親が二人で暮らしていた。
あずきの母と秋穂は馬が合い、よくマンション下で喋っているのを見かけた。
一度、あずきの誕生日に鍋パーティーを四人でしたこともあった。
近所付き合いをしておくのは、いざという時に本当に助かるのだと改めて思った。
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