2013年【行人】「中谷勇次って知ってる?」

 圭太に礼を言って響を出て、マンションに帰る道で電話をかけた。

 五回目のコール音の後、相手が出た。


「もしもし、里菜さん?」


『行人か、そーいや、連絡先教えとったなぁ。なんか用か?』


「あー」サル顔、やくざの息子の名前を言い「知ってます?」と尋ねた。


『……なんやねん。こっちは忙しーねん』


 考える間があった。里菜さんは知っている。


「行方不明って聞いたんですけど、本当ですか?」


『はぁ? あー』


 何か納得するような頷きの後、

『知りたかったら、金持って頭下げに来いや』

 と吐き捨てるように言った。


「そうします」


『それだけか? 今度、しようもない理由で電話してきたら、お前のちんこ引き抜いたるからな!』


「あ、里菜さん。おっぱいが垂れないようにするツボ知ってます? 俺、そーいうマッサージ得意なんで今度しましょうか?」


『うるさいんじゃ、アホ』


 通話が切れた。

 携帯をポケットにしまう。


 頭下げに来いと言う以上、何かあったと言っているようなものだった。

 さきほどのビールが胃の中に重く溜まって不快だった。

 くそ、と小さく悪態をついた。


 秋穂が言うには中谷優子は弟と二人暮らしだった。

 弟である、中谷勇次なら優子さんの居場所を知っているかも知れない。


 ――――――――


 僕はバーに行った翌日、中谷優子の住む一軒家を訊ねた。

 インターフォンを何度鳴らしても反応はなかった。十七時を少し過ぎていた。

 部活や友人と遊びまわっていれば、まだ高校生が帰る時間じゃない。


 けれど、姉がいなくなっているのに平然と日常を送っているとも考えにくかった。

 里菜さんとの会話が頭をかすめた。

 じっと待っていられなくなり、携帯を開いて電話をかけた。

 コール音一回で繋がった。


「もしもし、あずき?」


『あぁ、行人くん。どーしたの?』


「あのさ、あずきって岩田屋高校だったよね?」


『うん』


 優子さんの弟、中谷勇次が岩田屋高校へ通っていることは秋穂から聞いていた。秋穂は優子さんと本当に仲が良かったようだ。


「中谷勇次って知ってる?」


『あー、うーん。知ってるっていうか、同じクラス』


「マジか! 会いたいんだよね。セッティングしてくんね?」


『無理』


「ほんと、お願い! 今度、カラオケ奢るから」


『そーいう問題じゃなくて、もう何日目だろ? わかんないけど、結構前から彼、学校に来てないから』


 思わず中谷家の家を見上げた。


『行人くん?』


「あー、ごめん。行方不明ってこと?」

 声が震えた。


『そこまで深刻じゃないと思うけど。単純にズル休みじゃない?

 勇次の友達も一緒に休んでるし』


「へぇ」


 勇次と言った。あずきは中谷勇次とそこそこ親しいのかも知れない。

 ズル休み。

 まだ行方不明と断定するには弱い。けれど、その可能性はゼロじゃない。


「勇次くんが登校したら教えてくれない?」


『えー』


「今度、カラオケ奢るから」


『あと、ライブやるからチケット五枚は買ってよ!』


 あずきは「眠る少女」という学生ガールズバンドのボーカルで、秋穂と一緒に見に行ったことがある。

 地元では人気らしく、客の入りはそこそこだった。


 演奏自体はつたなくも迫力があった。

 あずき自身が可愛いからそれで客を呼んでいる、と最初は思った。

 けれど、ライブハウスを出る頃には、もう一度聴きたい、と思わせる不思議な力が「眠る少女」にはあった。


「チケット十枚は買うよ」と僕は言った。

 それくらいのチケットを売りさばく当てはあった。

「その代わり、出来る限りで良いから勇次の居場所を知っている人いないか探してみてくれない?」


『乗った』


「ついでに僕の上にも乗らない?」


『それは無理』

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