2013年【行人】普通だ、何の捻りもない、平凡な結論だ。
「落ち着いた?」
あずきの母が作ってくれたホットココアを飲んだ後、
差し向かいに座ったあずきが言った。
リビングではビートルズの曲が流れていた。
テレビを点けなかったのは配慮の一つなのだろう。
外の騒ぎは警察がきて鎮静化した。
部屋に警察も訊ねてきたが、対応はあずきの母がしてくれた。
「うん、落ち着いた」
「良かった」
あずきは、しばらく僕を見つめた後
「これからどうするの?」
と言った。
「ひとまず、秋穂に会うよ」
「それで?」
「それでって?」
「ただ会うだけなんて無意味だよ」
「そうかな」
僕の声はやけに幼く響いた。
「そうだよ。さっき、言っていたけれど、秋穂さんを慰めるのは行人くんの役目なんでしょ?」
「で、ありたいと思う」
「なら、ただ会うだけじゃダメ。ちゃんと考えなくちゃ」
「なにを?」
「それも含めて」
あずきの言うことは、おそらく正しい。
僕は考えなければならない。
今の現状で僕が出来ることについて。
と同時にナツキさんの言葉が浮かぶ。
――それはぼくのせいだ。恨んでくれていい。ただ、何度も言うようだけれど、ぼくの気持ちからすると二人は一緒に居てほしいと思っているし、願っている。
なるほど。
確かに、恨みたくなる現状だ。
けれど、それ以上に、こんな状況でも二人は一緒に居てほしいと思ってくれたナツキさんに感謝したい。
うん、僕は秋穂の隣にいたい。
そして、彼女に降り注ぐ不幸を払いたい。
普通だ、何の捻りもない、平凡な結論だ。
「あずきって夢ある?」
「なに? 突然?」
「ちょっと聞いてみたくなってさ、どう?」
「あるよ。でも、行人くんには教えないし、行人くんのも聞きたくない」
「なんで?」
「行人くんには、もっと言う人がいるでしょ?」
それはそうか。
「あ、でも一つだけ」
玄関で靴を履いている僕に向かって、あずきが言った。
「私のお父さん、浮気して、その相手のところに行っちゃったの。
それが私は許せなかったんだ。お父さんには、お父さんの事情があったんだって、今なら思うけど、当時はどうしても許せなかった。
お母さんが、可哀そうだってすごく思っちゃったし、自分がそういう立場になったら悔しいし、苦しいだろうなって」
「うん」
「でね、
私、お母さんに聞いてみたの。お父さんのこと、どう思っているのって。そうしたらさ、大好きだよ、だって。
また一緒に住もうって言われたら頷いちゃうかもって」
「すごい愛しているんだな」
「恋愛ってさ。
傍から見てどうか、じゃなくてさ。本人がどう思うかなんだって、当たり前かもしれないけど、そういう当然なものに私はとても圧倒されちゃうんだ」
「そっか」
靴を履き終えてから、あずきと向き合う。
「僕さ、あずきの歌うラブソングが一番好きだよ」
「私が可愛いからね」
「そうだな」
笑って、あずきに背を向けようとして、目に入った傘立てに淡い青色の傘が一本ささっているのを見つけた。
「この傘の色、綺麗だね」
「それ、お母さんの勝負傘」
「勝負傘? 勝負服とか、勝負下着とかの傘版?」
「そう。お父さんと初めて会った時に、この傘をさして行ったんだって」
「いいなぁ」
「でしょ」
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