2013年【行人】『そーいう意味で消えて無くなりたいんだよ』

 秋穂は大学に用事があると言って、

 日曜日だけれど朝の七時には部屋を出ていった。

 一応、ホットコーヒーを淹れはしたものの秋穂は半分と飲んでいなかった。


 忘れ物が無ければいいんだけれど、

 と思いつつ僕は時間をかけてトーストとコーヒーの朝食をとった。

 それから部屋の掃除とベッドのシーツの洗濯をした。

 冷蔵庫の中の整理をし、買い物リストを作り、昨日買った本の続きを読んだ。


 区切りの良いところで本を置き、走り屋の秀に電話した。コール音を鳴らしたが繋がらなかった。

 仕方なく、また本に戻った。

 十分ほどすると秀から電話があった。


 僕は原付を貸してほしい、と頼んだ。


『いや、お前、免許持ってねぇって言ってたじゃん』


「捕まるヘマはしないって」


『そういうことじゃなくて……、まぁ良いか』


「ありがと」


『良いよ。お前には女紹介してもらったりしたしな』


「彼女とは順調?」


『びっくりするくらい』


「そっか、そりゃあ良かった」


『あ、でも』

 と言って、秀がすぐに口を噤んだ。『いや、何でもないわ』


「いやいや、かまってちゃんな乙女か。そんな言い方したら気になるだろ、なんだよ?」


 しばらく考えるような間があった後に秀は言った。


『すげぇ無駄な不安っつーか、要求なんだけどな』


「ん?」


『最近、消えて無くなりたい瞬間があるんだよ』


「は?」


『悲観的な話じゃねぇーんだ。彼女とは順調だし、仕事環境も悪くない。

 収入は少ないけど、転職しようって思うほどでもない。田舎で生活するなら十分だし、盆と年末は休めるから実家にも顔は出せる。

 充分、良い人生を送ってる』


「うん」


『ただ、なんつーのかな、……そうゲームみたいな話な』


「いや、全然わからねぇんだけど?」


 だよな、と秀は電話口で笑う。


『RPGとかってさ、物凄い猛者じゃない限りセーブして、電源切って休憩っつーか現実に帰るじゃん?

 寝たり、仕事行ったり、ご飯を食べたりして。

 よし、じゃあっつって翌日か数時間後くらいにセーブポイントからゲームを始める訳じゃん』


「そーだな」


 一日でゲームクリアできるRPGは殆ど見かけない気がする。探せばあるだろうけれど。


『そーいう意味で消えて無くなりたいんだよ』


「うん?」やはり、よく分からない。


『俺は昔から現実をRPGっつーか、一種のゲーム? だって考える癖みたいなのがあってさ。

 部活を選ぶのもさ、ステータスを充実する為に体育会系か文化系の部活、どっちを選ぶかって考えてきた訳だよ』


「あーなるほど」


『そーやって、人生を真っ当するっつーゲームクリアの為に、いろんな要素を身につけたり、選んだりしてきたんだよ。

 でも、そーしているとさ時々、俺は俺じゃない人生が本当にはあるんじゃないかって考えるようになったんだ』


「んー、つまり、秀って確か中学、高校とサッカー部だったけど、例えば吹奏楽部とかに入っていた自分を想像するってことか?」


『違うんだよ』


「え?」

 違うの?


『そーじゃなくて、古川秀っていう人間を動かしている存在の人生があるはずで、それに戻れない自分って何だろう?

 いっそ、消えて無くなりたいってことなんだ』


「分からないぞ」


『難しいな。違うけど、俺たちが生きている人生っつーのをゲームだとするよな?』


「うん」


『その過程で行くとさ、俺の人生ってのを動かしているプレイヤーがいる訳じゃん』


「まぁそうだろうな」


『つーことはさ、そのプレイヤーは俺は感じれないけど、どっかのセーブポイントでセーブして、そのプレイヤーとしての人生を送っている訳だよな。

 ご飯を食べたり、彼女と遊んだり、寝たりしている訳だよ』


「うーん。まぁそうかな?」


『その人生をさ、俺が感じられないっつーのは不公平だなぁって思っててさ。

 でも、まぁ不公平なのは仕方ねぇじゃん。だから、せめてプレイヤーがセーブしてゲームとは別のリアルの生活をしている最中は、俺も同じように、この現実/ゲームから退場していたいって思うようになったんだ』


「それは睡眠とは別ってことだよな?」


『うん。肉体ごとの退場なんだよ。そーできたら、どんなに良いんだろうって思うんだよ』


「なるほどなぁ。でもさ、秀」


『ん?』


「お前の言っているゲームがPRG系じゃなくて、神視点なゲームだった場合どーなるんだ?」


『んー?』


「神視点のゲームにも色々あるだろーけどさ、プレイヤーがプレイしていない最中も進行するゲームで、指示だけ出して世の中を繁栄させていく系のゲームだったらさ。

 秀がプレイヤーと同じタイミングで別の現実に戻る、それが出来ないなら消えて無くなるっつー要求は完全に意味がなくなると思うんだが」


 僕の言葉に、秀は考え込むように黙った。


 そして、

『なんか、すげー真面目に答えてくれてんな。そして、その通りだと思うわ』

 と言った。


「あれ?」


『元々、ナンセンスなのは分かってたんだよ。

 でも、何つーか人生色々満足しちゃうとさ、あえて不備を見つけたくなるっつーか、変な方向に物事考えちゃうっつーか、そういう、はしかのようなものに俺は今かかってんだろーな』


「ふーん。何にしても、満足するのは早いって。今度、すげぇ可愛い女の子がボーカルのライブがあるから、一緒に行こう!」


『マジか! なに、知り合いなの?』


「おぉ、ラブホ行く? って言う間柄だぜ」


『へぇ、で断られるんだろ?』


「おぉ……。まぁな」


『だろーな』


 いやいや、すごく頑張れば、行けないこともないような、そんな風に持っていけないこともないような、そんな感じ? な訳だよ!

 って、どーいう感じか自分でも一切分からないなぁ。


「とりあえず、今からそっち行っても大丈夫か?」


『あー、原付だったけ? 大丈夫、大丈夫』

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