第1話 ― 3

 と、ここまで話をしておきながら肝心なところを聞いていないことに赤尾は思い至った。色々と不安はあるものの、好条件であることは間違いない。できれば詳しく話を聞きたい赤尾は、テーブルの上に軽く身を乗り出して竹沢に重要な点を尋ねてみた。


「で、なんて部活だよそれ」

「ああすまん、まだ言ってなかったか。文芸部だってさ」

「文芸部?」

「そう。ますます丁度良くないか?」


 お前結構小説とか読むほうだろ、とさすがに十年越えの付き合いだとこの辺りはお互い詳しい。本の虫だとか読書家だとかを自称するほどではないが、まあ子供のころから小説はそれなりに読んできたほうだ。

 趣味の項目に読書と書けるか書けないかなら、赤尾は迷いなく書けるほうだ。


「まあ、嫌いじゃないけどさあ」

「いいじゃねえか、こういう活動に参加するときに活動内容を嫌いじゃない、っていうのは大事だろ。嫌々やるんじゃ誰も幸せにならんし」


 ちなみに竹沢のほうは反対に全く読まないタイプで、教科書など義務として読まねばならないもの以外ではページ内の七割以上がイラストでなければ眠くなると言って憚らない。例えばこいつが文芸部になんか入ろうものなら、幸せになれるのは睡眠をたっぷり取れる竹沢本人だけだろう。

 しかし文芸部か、と赤尾は食事の手を止めて考えてみる。少なくとも竹沢の挙げた条件は少々胡散臭いながらもまあ悪くはない。自分の趣味とも合っているし、部活動をすることに抵抗はない。なにより楽そうだ。

 他に気になることといえば、


「なんでこんなに美味しい条件ぶらさげてるのか、だよな」

「そればっかりは、実際に見に行くしかないんじゃね? 見学や体験入部も常時歓迎してるらしいしさ」


 竹沢はそう言いながら、さっきまで話の片手間に操作し続けていたスマホを差し出した。表示されている画面の上半分には、白い背景に大きなフォントで「文芸部」とシンプルに三文字。その下には活動記録や日記形式での部内紹介、お問い合わせフォームなどのコーナーが設置されていた。活動自体は結構本格的にやっているらしい。

 並んでいるリンクの中には「新入部員・体験入部大歓迎! 興味のある方は部室棟二〇一号室まで!」の一文も混ざっていた。


「じゃあ、部活見学は明日にでも――」

「今日、別に急ぎの予定ないよなお前」

「や、でもほら――」

「まだ言うか?」


 畳みかける言葉の勢いに気圧されながらも顔を見ると、竹沢はまた眩しいものでも見るように目を細め、眉間に皺を寄せて赤尾の目を真っすぐに見据えていた。この表情は心配しているだけではない。煙たがられようと何だろうとお節介を焼いてやるぞという意味合いも込められており、長い付き合いで赤尾がこの表情とにらめっこして勝てたことは一度だってない。

 やる。これ以上先延ばしにしようとしたらこの男は強硬手段に出る。首根っこを掴んで無理やり部室棟まで連行するくらいは平然とやる。

 そんな気迫を感じ取った赤尾にできることは、深いため息と共に一言「今日行きます……」と折れることだけだった。


***


 午後の講義も全て終わって赤尾が部室棟まで来たのは、時計の針が午後五時に差し掛かろうかといった時刻だった。午後の講義を三限や四限まで受けている大学生なら大抵この時間から部活動に移るため、人の出入りも決して少なくはない。

 私立T大学の部室棟は大学内に二か所ある。規模が大きかったり、対外的な活動を積極的に行っている部活が集まるのが第一部室棟。良く言えば情緒のある、身も蓋もない言い方をすれば目立たない部活ばかりが詰め込まれるのが第二部室棟。


 当然ながら第一棟のほうが綺麗で広く、また設備もしっかりしている。教室棟からも比較的近い位置にあるため行き来もしやすい。第二棟はと言えばそこそこの広さ、そこそこの設備、置かれている区画は大学の敷地の隅っこ。功績によるわかりやすい差別がそこにはあった。


「で、当然ながら文芸部は隅っこなんだよな」


 部室棟の手前まで来て口からこぼれた独り言は思いのほか愚痴っぽくなってしまったが、交通の便が悪い第二棟に文芸部があることは最初から想像がついていたし、そもそも赤尾にとってはその方が都合が良かったとすら言える。精力的に活動を行う部活を避けたかったのだから、第一棟にいるような部活ではむしろ困るというものだ。なんなら籍だけ置いて幽霊部員でも文句を言われないくらい適当なほうがいい。

 さて文芸部の部室棟はどこだったか、二〇一号などと書いてあるのだしまあ部室棟の二階だよなと赤尾が外から部室棟を眺めていた、そんな時だった。


「ねえ、どこの部活を見学しに来たの?」


 背後からそんな風に声がかかった。運よく親切な人が通りがかってくれたらしい。なんでいきなり部活見学だとバレたのかと不思議にも思ったが、まあ部室棟まできて中に入るでもなく遠くから眺めている学生がいたらまあ思い浮かぶ候補は部室棟にまだ通いなれていない見学予定者だよなと納得しつつ振り返る。


 振り返って、かなり奇妙な表情になった。振り返った先に立っていたのが小さな女の子だったからだ。

 身長は成人男性の平均値な赤尾と並べたら肩にも頭頂部が届かないだろう。耳より下の位置で二つくくりにした髪の毛がぴょこぴょこと揺れる様子は完全に十台前半から半ば程度のそれだ。顔も童顔なものだから見た感じの印象はますます幼く感じられた。

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