第6話 ― 5

「相談に乗ってたんですよ、こっちは」


 茶原が落ち着いてそう説明するまでには、少しだけ時間がかかった。

 なにせ橙山のテンションが高い。一応ただの悪ふざけのつもりであること自体は傍目から見ていてもわかるのだが、とにかく爆笑しながら飛んでいく言葉に遠慮や容赦が一切ないのだ。茶原のほうも最初の一言への動揺が効いているためかいちいち噛みついていくため、それもまた騒ぎが長引く理由だった。

 これも幼馴染の間合いというやつだろうか、と菓子をつまみながら横で観戦していた赤尾は思う。小学校からの腐れ縁といえば赤尾にも心当たりがあるが、男同士の幼馴染にはそれなりの落ち着いた間合いというものがあって、橙山と茶原の間にある空気というのは少し新鮮なものだった。


「外で話すのもどうかと思ったけど、相談の内容を考えると写真部の部室を借りるわけにもいかなかったし。今日は榎園先輩の方の依頼も待ってもらうことにしてたし、桃宮は別の依頼があるって言ってたし、橙山先輩からは赤尾とデートだとか聞いてたし。部室なら誰もいねえだろうと思ってたのによ」


 ごめんってばー、と謝る橙山に対して茶原の口調は完全に不貞腐れたものになっている。時折言葉の端から敬語が抜け落ちて雑な口調が出ている辺り重症だ。つい先ほど聞いた言葉を考えると、むしろこちらの口調のほうが橙山との慣れた距離感なのかもしれなかった。

 横目で非難するように睨みつけてくる視線を受けて、橙山の顔には「やりすぎちゃった」と書いてあった。実際、面白がっているにしても悪乗りが過ぎたのは明らかである。もっともそれを早くに理解していながら黙って見物していた赤尾には、橙山を責める権利など無いのだが。


「それで、相談って結局何だったんですか?」


 このまま茶原が拗ねていると進む話も進むまいと、赤尾の方から話のネタを振ってみたところ、それに反応して立ち上がったのは言葉を向けられた茶原ではなく隣に座っていた来客のほうだった。黒髪を今日もやけに凝った三つ編みにしている木崎は桃宮ほどではないが小柄なほうだ。茶原と並ぶと遠近感がおかしくなったように感じる。


「あ、あのさ。昨日の事なんだけど。っていうかそれまでの事全部なんだけど」


 そこで言葉を探すようにふらふらと視線が周囲を漂って、それから赤尾を中心にとらえる。そして次の瞬間、三つ編みを揺らしながら木崎が腰を折り曲げて、頭が勢いよく下を向いた。

 

「ペンキとか、画鋲とか、そのほかにもいろいろ。ごめんなさい。反省してるわ」

「え、反省……って」


 反省ってなんだっけ。自分の行いを詫びているのか。と木崎がこちらに頭を下げて謝罪しているのだということを理解するまで数秒かかったのは、決して赤尾のせいではないと思いたい。

 昨日遭遇した時の印象はそれくらいに強烈なものだった。少なくとも赤尾が昨日見た限りのイメージでは木崎がこちらに頭を下げるなどということは到底想像できなかった。


「木崎さんとは既に俺の方で話をつけてあってな、事情も色々聞いているんだ。この子にもまあ、少しばかり同情の余地があると思うぜ。とはいえ昨日までにやった事はそう簡単に許されていいことでもないしさ、せめて実害被った赤尾にはちゃんと頭下げろと言った。木崎さんも口先だけじゃなくて、ちゃんと反省してるよ。話をした俺が保証する」

「保証って言ったって、そんないきなり。昨日の今日ですよ」

「もちろん、木崎さんがやったことの悪質さは度を超してる。許すかどうかは赤尾の判断に任せるよ」


 どうする、と茶原はまだ不貞腐れ気味な色を残した視線を赤尾の方に向ける。

 ――それ、ちょっと狡いなぁ。と不貞腐れたい気持ちは赤尾の方も似たようなものだ。昨日までにやった事を謝ると言われ、そこで自分を名指しされてしまうと不可抗力的に自身が昨日やった事まで思考が回ってしまう。

 木崎がやった事も大概だが、だとしたら赤尾のやった脅迫はどうなのか。すくなくとも赤尾は木崎の所業を悪役だと断じて、それと同時に自分がやりかけた事を「それと同類だ」と分類した。許す許さないの話をするのなら、そこを無視できるほど赤尾の脳みそは自分に都合よくできてはいない。


 こっちこそすいませんでした、というような事を視線を逸らしながら早口に返すと「とりあえずそれでもいいか」と茶原が苦笑いする気配があった。どっちが許されているのかわからなくなりそうで気まずいやら気恥ずかしいやら、赤尾はそれらをごまかすために尋ねた。


「で、事情ってなんですか、茶原先輩。あと相談に乗ってたってのは一体」


 んーそうだな、と茶原は少し考え込むように腕組みをした。


「事情の方は、木崎さん本人から話してもらおうか。相談内容もそれに十分絡んでくるし」


 話すなんて聞いてない、と木崎の肩も跳ねる。

 責めるような怯えるような視線を受け止めながら、茶原はびくとも動じない。


「嫌がらせを受けたのは撮影の手伝いをしていた俺たち三人だろ、俺だけじゃない。むしろ怪我したりボール顔面で受け止めてた赤尾に比べれば俺なんてオマケみたいなもんだ。反省したっていうなら、やったことの理由を聞く権利は赤尾にも橙山先輩にもあるはずだ」


 さんざん迷惑かけた相手だろ、とつつかれた所が相当痛かったのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしながらも木崎は大人しく首を縦に振るのだった。

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