第1話 ― 7

「あの、せめて」

「ちょっと茶原ぁ、今話してるのあたしなんですけど。ねえ赤尾くん、もう一個だけ聞いてもいいかしら」


 せめて事情を聞いてもいいすか、と言おうとした言葉の上から完全に被せられた。桃宮に背を向けている状態の茶原は苦々しげな表情だ。


「ぶっちゃけた話聞きたいんだけど、赤尾くんはこの部活、どうして見学しようと思ったの?」

「どうして、って」


 言ってもいいものだろうか。お前らの部活がいちばん楽そうだから形だけ入ったことにしておくのにちょうどよかった、とか。いやダメだろう。いくら何でも自分がここを選んだ理由が世間にあまり受けが良くないことくらいは自覚がある。


「校則で部活入れ、とか強制されてる大学だし。やっぱりうちの部活は条件見たら楽そうだなーってなるでしょ」


 バレていた。まあ入学式も終えてもう今は二カ月も経っているのだ。この時期まで部活に入っていない時点で積極性がないことは見抜かれていて当然だったのかもしれない。

 ならもう隠す必要もないか。赤尾はすぐ目の前の茶原に内心で少し詫びてから、ぶっちゃけることにした。


「部活入ってないのを理由に留年とかした先輩もいる、なんて話を聞いたんで、楽で自分の趣味にある程度合ってたらなんでもいいかなって」

「あー、それね。その校則普通にザルだよ」

「はい?」


 ザルとはどういうことか。


「結構古い校則らしくて、学校側も内心で馬鹿馬鹿しいって思ってる人多いみたいなのよそれ。でもそういう古い校則変えるのもそれはそれで色々面倒とかで、実質形だけしか残ってないの。まあ、正面から堂々と破るようなら学校としても体裁があるから何か言われるとは思うけど」

「か、形だけ……?」

「うん。もうかなり前から学校事務局のほうでも生徒が入部手続きをしたことがあるかどうか以外見てないんだって。一度入部した形跡があればそれ以降は特に不問。退部してようが幽霊部員だろうが条件はクリア」


 とっとと廃止しちまえそんなザル校則。

 反射的に吐き捨てそうになった言葉はすんでのところで飲み込んだが、表情に出ていたらしい。まあ気持ちは大いにわかるよ、と桃宮は笑顔を崩さず続けた。


「だからまあ、別に校則だからしかたないし、なんて理由で無理に入部しなくてもうちの部が君を助けてあげることはできるのよ。入部して、次の日に退部するとかね」

「マジですか」

「マジなのよ。多分他の部活は大抵真面目にやってるのがほとんどだし、全部が全部こういう事情を知ってるってわけでもないと思うから、そんな風に助けてくれる部活が他にあるっていうのは聞いたことないけどね。そういう意味では赤尾くん、当たり引いたんじゃない?」


 座っていた姿勢から片足膝立ちで身を乗り出すくらいには勢いよく食いついた。桃宮が自信たっぷりに頷き、そして。


「消極的なままなのに無理やり連れまわすのもほら、可哀そうだし? これもボランティアみたいなものだと思えば、あたしとしては後輩に施しの一つくらいはやってあげてもいいけど」


 あなたは可哀そうだから助けてあげましょう。という上から目線を隠しもせず、露骨に突き付けてくることに赤尾は面食らった。ぜひお願いします、と言おうとした言葉が喉の浅い所で詰まる。

 言われても仕方のないことだし事実だし、それで助かるのも本当なのだから赤尾がためらう理由は本来ない。それでも人並みにはあるプライドが、理屈じゃないところでブレーキをかけた。


「けど、読書はまあ趣味の範疇で? 時間的な拘束もそこまでなくて? 部費もまあ、本人の気持ち次第で? うち、かなり条件としては緩いと思うんだけどね。趣味が合わないとかならまだしも、そういうこともないみたいだし」

「あの、結局何が言いたいんですか」


 我慢できなくなって、桃宮の言葉に割って入った。言ってることに間違いはないはずなのだが、だからと言ってそれが癪に障らないかといえばそんなことはない。むしろ状況と立場を正しく見た構図だから余計に。


「これで逃げを打つような根性錆びついてるやつ、君以外だと見たことないなぁって」


 童顔のイメージを特に際立たせているぱっちりとした目が、試すように、挑発するように赤尾を見据えた。

 幼稚な内容だ。安い挑発だ。ハイハイ言ってプライドのないやつとして振舞っておけばそれで万事解決だ。それは分かっていた。

 赤尾を見据えるその目が、頭に一気に血を昇らせた。


「どうする? 助け、いる?」

「いえ」


 やってやろうじゃねえかこの野郎。誰が可哀そうだ。根性が錆びついてるかどうかその目でよく判定してみやがれ。そんな気分だけで噛みつくように返した。


「とりあえず、普通に仮入部してみます。逃げるかどうかは、それからで」

「うん、オッケー。じゃあ今日から仮入部ってことでいい?」


 牙を剥くような勢いで返した赤尾の言葉だったが、桃宮から返ってきたのはそんな軽い返事だった。肩透かしを食らった気分で曖昧に頷くと、彼女は満足げに笑ってから「それでは」と口調を改めた。


「丁度よく今日はもあるので、赤尾君には早速うちの活動を見学してもらおうと思いまーす!」

「……はい?」


 あまりにも文芸部にそぐわない単語が出てきて思考が一瞬フリーズした。依頼と言ったかこのちびっ子。何のだ。文芸部宛ての? 文芸部への依頼って何だ。

 まるで状況が読めない赤尾の肩に、全てを諦めた顔をした茶原の手が軽く乗った。


「桃宮がここに連れてきた時点でまあ、逃げられない気はしてたよ……」


 茶原のそんな嘆きに染まった言葉は、赤尾をひたすら混乱させるのだった。

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