第11話 ― 5

 光汰が通っている中学校と、赤尾達の通うT大学はそれなりに近い距離にある。中学校に通っている光汰の家へ向かう際、バス一本で行けたことからそれは赤尾も知っていた。とはいえ近くにある事と気軽に向かえる場所であるかどうかは別の話になってくる。

 いざ虐めていた先輩五人と試合となった時、その試合場所が中学校の剣道場であってはその様子を見に行くことも助けに行くこともできない。赤尾達文芸部員はあくまでも相手の中学校にとっては部外者でしかないのだ。


 作戦を立てるときにこの部分だけどうにかならないかと頭を悩ませていた赤尾を救ったのは「じゃあ近所の体育館使えばいいじゃない」という桃宮の助言だった。


「大学からちょっと歩いたところに公営の体育館あるでしょ? うちの大学にも剣道部あるけど、練習場所自体は学内にないからっていつもそこで練習してるわ。なんだったらツテもあるし詳しい話くらいは聞いてくるけど」


 そう言って一日も経たずにその体育館の所在地から利用料金まで詳細な情報を用意してくれたのである。それだけでなく、一カ月単位で利用申請を出している剣道部側から「どこか一日だけなら代わりに使ってくれてもいい」との申し出まで持ってきてくれて、赤尾は正直言って驚いた。

 関わってくる問題そのものはともかく、今回の主軸に来るのは剣道の試合だ。ジャンル違いといっても父親から武道を叩きこまれた経験がある茶原やその幼馴染の橙山とは違って桃宮に今回の件で頼れることはあまりないと思っていたが、どうやら見くびっていたらしい。


 聞けば過去に桃宮が請け負った依頼の相手が現剣道部の副部長であるとのこと。まあ日ごろの行いよね、と自慢げに腕組みをするちびっ子先輩の言葉は間違いではないのだが、正面からハッキリ言われると妙に褒めづらい。

 そもそも事前申請されている団体以外の者が代わりに使用する、というのはおそらく「日ごろの行い」としては悪い部類になるのではなかろうか。突っ込むと目を逸らされたので、赤尾はそれ以上の追及は怖くてしていない。


 ともあれ赤尾に竹沢、そして桃宮と茶原の四人は、桃宮が紹介してくれた剣道部副部長と共に公営の体育館前に集まっていた。利用に際して実際申請した部の人間が一人もいないというのはさすがに言い訳が通らないから、ということらしい。

 余談だが、竹沢経由で既に光汰の兄である飯塚慧にも来るようにと連絡済みだ。試合が始まるまでには間に合うはずだと返事も来ている。


「急に使わせてくれ、なんて無茶言っちゃってすみません」


 紹介されてまず最初に赤尾がそのことを詫びたが、向こうは「元々人数少なく緩くやってる部だし平気だよ」とおおらかに笑ってくれた。


「その代わりと言っちゃなんだけど、うちの部員も後から来るから見物はさせてくれよな。事情は聞いてる。人目はあった方がいいんだろ?」


 願ってもないような申し出に、赤尾としては頭が下がるばかりである。


「そろそろ来るかしら。茶原、連絡の方はどう?」

「おう、橙山先輩も今ちょうど近くまで来たってさ。あ、ほら来たぞ」


 先輩二人のそんな会話が聞こえて、視線を声の方へ向ける。こちらへ向かって手を振る橙山と、その横で無表情の光汰の二人が並んで歩いてきているのが見えた。遠目にも満面の笑みとわかる橙山に対して、光汰のほうは明らかに頬にも肩にも力が入っているのが見て取れる。

 そしてその二人のさらに背後、少し距離を空けて現れた姿に竹沢が小さく吹き出して肩を震わせ始めた。


「おーおー、釣れてる釣れてる」


 光汰が着ているのと同じデザインの制服が一人、二人と増えていく。ちらほらと続く人数はざっと五、六名程度か。

 皆一様に好奇心たっぷりの目をしていて、男女の比率は男の方が多い。視線の先にあるのが橙山の背中である事は想像に難くなかった。

 今日試合をすると決まった時点で、橙山には事前に光汰を迎えに出てもらっている。校門前で光汰を出迎えてなるべく目立ち、可能なら呼び込みをしてほしいという頼みを快諾してくれた橙山の外見効果は思春期ど真ん中の中学生には絶大だったらしい。


「学校から知らない人についていくなって言われてないのかね、あいつら」

「そう思われないために、光汰くんの出迎えからやってもらってるんだからな。光汰くんと多少でも仲が良い奴にとっては不審者じゃなくて、友達と知り合いの美人なお姉さんなんだ。上手くいけば自分もお近づきになれるんじゃないかって期待も込みだろうし、面白いもの見れるから来てねって言われても、不審者よりはハードル低いんじゃね」

「そういうもんかねぇ」


 苦笑する竹沢に同意する気持ちが無いわけではない。想定していたより中学生の食いつきが良い事は助かるのだが、同時に彼らの将来が心配になる絵面でもあった。


「それよりも赤尾くん、肝心の試合相手が来てなきゃ話にならないけど……大丈夫なの?」


 竹沢とはまた少し離れた位置に立っていた桃宮からのその問いに、赤尾が答えるよりも早く「ああ、あの奥の奴らだろ」と反応したのは茶原だった。茶原の視線の先を追ってみると、なるほど揃って不機嫌そうな顔の五人組が、釣られた若干名よりさらに距離を空けてついてきていた。そのうち三人は赤尾も見覚えがある。


「その試合の映像だっけか? あれ見てない俺でもわかる。竹刀持ってるのもそうだけど、なんだあの人でも殺しそうな目つきは。最近の虐めっ子はあんなに人相に出るもんなのか」

「まあ、橙山先輩と話してるっていうのも多少影響してそうですけど」


 目立つ後輩が面白くないから「チョーシに乗ってる」と虐める連中だ。昼休みに宣戦布告までした光汰が自分たちには目もくれず、年上美人と並んで歩いているこの状況に平常心でいるわけがない。

 ここまで刺激しておいて肩透かしを食らわせてくるほど冷静ではないだろうという、赤尾の読み通りの流れだった。

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