第1話 ― 6
「そこの一回生とはどれくらい話したの?」
「まだ全然だ。ついさっきようやくお互いに名前くらいは話したけどな」
えー全然話進んでないの、なんて茶原に文句をつけている小柄な先輩を、赤尾は改めて観察する。小柄で童顔だというのは部室棟前で最初に会った時点から思っていたし、実際それが原因で彼女の年齢を大幅に読み間違えていたわけだが、それにしても。
年齢を勘違いしたの、俺のせいってだけじゃないよなぁ――と心の中でひっそりと赤尾は呟いた。茶原と並んでいるところをを見ると、その小柄さはさらに際立つ。見ている限りでは茶原の胸筋に頭がギリギリ届くかどうかの身長差は、正直遠近感が狂いそうになる。むしろこれで正確な年齢を何のヒントもなく言い当てるようなやつがいたら、そいつの感性のほうが間違っている。
「で、なによ一回生」
気が付いたら桃宮にじっとりとした目で睨まれていた。どうやらまたじろじろと見すぎていたらしい。すいません、と言うよりも早く、桃宮がこちらへ近づいてきて、
「とりあえず、これ」
という言葉と共に赤尾の目の前に小さなペットボトルを差し出してきた。見れば桃宮の手にはあと二本同じものがある。飲み物買ってくるとは言っていたが、赤尾のぶんも買ってきてくれたらしい。残りは自分と茶原のぶんだろう。
ありがとうございます、と受け取った赤尾を見た桃宮の顔が満足そうなものにかわり、そのまま茶原と並ぶようにして赤尾の向かいに座った。子供と勘違いしたことで不機嫌なのだとばかり思っていたが、さすがにそれほど根に持っているわけでもないらしい。
「改めて、ここの部長の
「あ、はい。赤尾雄一です。といっても本当に自己紹介だけで、他はさっぱり」
「うちの文芸部のことは、どこで?」
「友達からです。部活強制の校則のことで、まだ部活決めてない俺に試しに行ってこいって」
「ってことはサイト見たんだ?」
「まあ、友達のほうがじっくり読みこんでたみたいですけど」
「じゃあ趣味は? やっぱり読書? それとも書くほう?」
「それなりに読みます。書くほうは挑戦したことないですね」
――なんだろうこれ。面接か。
赤尾はあくまでも部活見学に来ただけのつもりだったのだが、大学の部活見学というのは全部こんな感じなのだろうか。会話の内容はまるっきりアルバイトの面接と変わらないではないか。
不思議に思いながら答えていく赤尾だったが、すぐに質問内容よりも気になることが出てきた。
茶原のほうは赤尾が答えていくたびに気まずそうに視線が横へ逃げ、じわじわと顔色が悪くなっていく。反対に桃宮のほうは目を伏せて少し思案顔になってから――にんまり、と音がしそうなくらい口の端が吊り上がった笑顔になっていく。
隣り合って話を聞いているにしては、あまりにも両極端な反応である。おそるおそる、赤尾のほうからも尋ねてみようと口を開く。
「あの、俺何か変なこと言いましたか」
「んー? 別にそんなことないよ? じゃあ改めて聞くけど」
「な、なあ赤尾クン! ちょっといいか⁉」
思わず仰け反った。声量はそれほどでもないはずだが、勢いと必死過ぎる表情だけで反射的にそうせざるを得ないほどの圧だった。なんすか、と小さく呟く赤尾にさらに詰め寄り、圧を放った張本人である茶原が赤尾の手首を掴む。目つきは真剣そのものだ。というか、必死だ。
「君は、ここを文芸部であると思って来たんだな?」
「はい?」
「ここの噂を聞いたわけではないんだよな! 文芸部に文芸部としての活動をしたくてここの見学に来てくれたということで間違いないんだよな!」
「え、あ、はい」
勢いにほとんど呑まれた状態ながらも赤尾はなんとか返事だけは返す。文芸部に見学に来てそれ以外の目的があるというのだろうか。
強いて言うなら赤尾は「部活をまともにやる気がないから、条件的に楽そうだしここでいいか」という消極的極まりない理由ではあるのだが、それでも文芸部の見学に来た以上は文芸部らしい活動をするのだろうと思っていた。
「だったら」
わけがわからない赤尾に対して茶原は表情も声も大真面目だ。
「君はこの文芸部から逃げた方がいい」
「……は?」
理解が追い付かなくて、思わず口調が雑になった。
真面目に取り組む気がないなら帰れ、というならまだわかる。態度には出していないし、ボロが出るほど多くを語ってもいないはずではあるが、それでも赤尾の「部活入らなきゃいけないから仕方なく」というオーラを茶原が敏感に感じ取る人だったのならば仕方ないだろう。
反対に赤尾の態度が大人しいのを理由に、うちは真面目にやる部活じゃないから合わないと思うよ、と言うのならこれもまあわかる。むしろそういった言葉が出てくるのなら赤尾としてはぜひとも入部させてくださいと頼むところだ。不真面目にしていても形だけの入部でも文句を言われない環境であるならそれに越したことなどない。
だが、茶原の言葉はそのどちらでもなかった。
「逃げた方がいい、ですか」
おうむ返しに問いかけた赤尾の言葉に茶原は迷いなく頷く。どうやら聞き間違いや言い間違いなどではないらしい。
ふと、茶原の肩越しに桃宮の顔が見えた。必死さが顔にも声にも出ている茶原とは違い、桃宮は先ほどと変わらず笑顔のままだ。視線が合って初めて、目が全然笑っていないことに気付く。
これはもしかすると、本当に逃げた方がいいかもしれないなと本能的に感じる赤尾であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます