第2話 ― 5
――今回の依頼にちゃんと協力して、解決まで付き合うこと。達成出来たら、正式入部にしてあげる。そこからは退部でもなんでも、赤尾くんの自由よ。
三島との話を終えて教室を出た後、彼女は赤尾にそう言った。
直前に妙なことを口走ったこともあって強く反論もできず、赤尾はその場で頷くしかなかった。その時の彼女の目がまた「根性が錆びてる」と言った時のようにこちらを試すような雰囲気だったのも、首を横に振れなかった一因である。
「条件ねえ」
「そう、俺はどのみちこの依頼の間は付き合わなきゃだめなんだよ。だから今回の依頼とやらに放っておけるも放っておけないも関係ない」
「まあ、実際そうだわな」
かなり頑ななその口調に竹沢もそれ以上追求はしてこない。毎度のことながらこの友人は話の引き際を見極めるセンスが鋭い。
「それで依頼の進捗どうなんだよ」
「とりあえず、今日また部室に行って方針決定らしいよ。それまでに可能なら情報収集も、ストーカー男にバレない程度にやっとけってさ」
「おおー、なんか本職の人っぽい」
「なんだよ本職の人って」
「っていうか情報収集ならそう言えよ、俺にもさ」
赤尾の突っ込みはまるで何事もなかったかのように無視され、竹沢は懐から携帯を取り出しつつこちらを見てきた。先程の「楽しい」とは露骨に違い、好奇心を隠そうともしない目だった。
「名前何ていうんだっけ、そのストーカー男」
「えーっと」
答えていいものか少し迷う。個人情報の取り扱いがどうとか、話が広がって本人に耳が入る危険がどうとか。まあ竹沢なら問題はないだろうと話すことに決める。
「坂崎っていうんだってさ」
「坂崎ねぇ……ああ、見つけた」
「マジで⁉」
名前を教えて十秒と経っていない。いくらスマートフォンが便利な道具だからといって、どんな魔術を使えば情報が手に入るというのか。
「五月の頭くらいにサッカー部のほうでも聞いたんだよ、つきまとい男の話。もしかしてそいつかなーって思ったら大当たりだった」
「サッカー部につきまとい男……?」
相手男だぞ、なんでサッカー部に。男でも目を付けたらつきまとうのか坂崎は。
理解できない世界の気配に硬直していると「いやサッカー部の先輩の彼女だよ、被害者は」と竹沢から補足が入った。
「先輩の彼女曰くたまたま同じ教室で、一度だけ座席が近くなっただけらしいんだけど、それを自分に気があるからだなんて勘違いしたんだってさ。まあストーキング三日目にして彼女から先輩のほうに話が行って、その次の日には先輩が文句言いに行ったらしいんだけどな。そいつの名前が、確か坂崎だったなと」
「どんな奴だったかって聞いてる?」
桃宮には情報収集しろ、としか言われていない。どんな情報が役に立つのかも赤尾には分らないので聞けそうな情報はとりあえず手あたり次第欲しいところだ。
餌に飛びつく犬のような勢いの赤尾に、竹沢は携帯の画面をスライドさせていく。どうやら操作しているのはメッセージアプリらしい。サッカー部のメンバー用グループチャットなどで以前行われた会話の履歴を辿っているようだ。
「性格は今言ったのをまとめるとあれだな、典型的な勘違い童貞ってやつ。外見のほうは、どっちかっていうと痩せ気味な体格してて、四角い眼鏡してたって先輩言ってた。あと髪の毛を顔のちょうど真ん中のラインで二つに分けてるらしいんだけど、まあ見た目だけでもべたついてるわ毛先がうねってるわで頭にワカメ乗せてるみたいだったってさ」
「容赦ねえなお前のとこの先輩」
もし仮に赤尾がそんな評価をぶつけられたら心が折れそうな辛口である。言われるほうも言われる方でもう少し身なりに気を使えばいいだけの話ではあるが。
「で、その時はほら、先輩も体育会系なわけで。彼女を後ろに庇いながら仁王立ちしたらもうそれだけでビビったみたいでさ、ごめんなさいだか何だかを小声でうにゃうにゃ呟いて逃げちゃったらしい」
インターネットで探せば十件に一件くらいの割合で見かけそうな顛末である。
「なるほど。それで次のターゲットが今回の依頼人か」
「だろうなあ。先輩の件で何一つ懲りてないんだろうよ」
懲りていないだけならまだしも、身の安全のために策を弄するような知恵をつけてしまっているから質が悪い。依頼人である三島には竹沢の先輩のような助けてくれる彼氏はいないはずで、もしかするとそこまで計算ずくな可能性すらある。
「なんか、他にはある?」
「んー、そうだな。これは推理になっちまうけど」
見当はずれかもしれないぞ、という予防線だ。それでも聞かせてくれと赤尾が促すと、竹沢は再び携帯の画面を動かし始めた。
「先輩の彼女と同じ授業で遭遇したっていうのがあるから、まあ相手と同じ二回生だろうな。あと住所は大学近辺だと思う。少なくとも電車とかは使ってない。それからたぶんだけど、講義取ってる日と取ってない日の時間割の偏り方がすごい。少なくとも火曜日は朝から夕方まで講義で身動きが取れないんじゃねえかな。逆に月曜と水曜は動きが活発になるはず」
「お前ちょっと怖いんだけど」
あくまで推理とはいえなぜそこまで読める。前半はともかく後半は灰色の脳細胞でも持っているのではないかと疑うレベルである。
「いや、先輩の彼女の被害証言だよ。時間割については一週間丸ごとはわかんないけど、初日と三日目はもう、ほんと何処に行っても姿を見るって感じだったらしくてな。そのくせ二日目は朝と昼休みしか見てない。講義詰め込んでてストーキングする暇もないっていうのはちょっと笑えるけどな」
お前将来探偵やれ、絶対儲かる。
思わず赤尾がそう言うと、竹沢からは「調査用の書類とかまとめたら俺居眠りしちゃうからダメだろ」と苦笑が返ってきた。
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