第2話 ― 4

***


「なんだそいつ。男の風上にも置けねえ」

「……まさか本当に言うとは」


 赤尾が文芸部――もといお悩み相談室に体験入部となった翌日の昼休み。

 昨日の部活どうだった、と尋ねてきた竹沢に恨み節もかねて文芸部の実態と、依頼の話を聞かせたところ、顔をしかめた友人は赤尾の予想通りの言葉を言い放った。


「話を聞くのが昼飯食い終わった後でよかったよ、マジで」


 こんなの聞きながら食う飯とか絶対不味い、と呟く竹沢と赤尾が今いるのは、本校舎脇にある小さなカフェだ。昨日のように食堂でも、と一旦足は運んだのだが、既に混雑し始めており座る場所を見つけるのは難しそうだった。そう何度も続かないから幸運というのは有難いのだと思い知らされた気分である。

 敷地内に建てられているカフェも決して居心地は悪くないのだが、やはりあの食堂には敵わない。他の学生も同じ評価なのか、食堂の盛況っぷりに対してこちらはかなり落ち着いていた。


「それにしても随分面白そうなことになってるな赤尾。文芸部ってそんな活動してるのかよ」

「あ、そうそうその話だよ。お前とんでもない部活紹介しやがって」


 唐突に話題が変わった。これ以上不機嫌になるような話を竹沢はしたくなかったらしい。その気持ちはわかるので赤尾も話を戻そうとは思わなかった。

 というかむしろ赤尾が竹沢に一番話したいのはストーカー男よりもこちらである。


「昨日マジで気分最悪だったんだからな、ほんと。あのちびっ子先輩がさあ」

「赤尾、その話今日もう五回目」

「うるせえ、百回話したって恨みが消えるもんか」


 もとはと言えば文芸部に体験入部へ赴いたのは、ちょうどいい部活がないかと話しているときに竹沢が見つけたからだ。あれだけ都合のいい条件を並べられれば赤尾だってそれなりの興味はわく。それでも「翌日にしようかな」なんて思っていたところを即日向かえと命じてきたのは竹沢である。

 もっと元を正していけば未だ入部を決めていないことや、部活を真面目にやる気が最初から欠如しているところなどなど、一方的に赤尾が悪いという事実は今だけ見えないことにしておく。


「で、どうよ」

「……何が」

「ちゃんと続けられそうか、って話だよ。文芸部」


 お前は俺の母親か何かか、と喉元まで出かかったのをとりあえず抑える。実際大学生になる以前からことあるごとに赤尾の世話を焼くことも多かったこの友人の事だ。言えばむしろノリノリで保護者のような態度を取ってくるに違いない。

 不貞腐れ気味に頬杖をついて、カフェの窓から外に視線を移した。頭の中に浮かんでいたのは昨日の、依頼人とのやり取りだ。竹沢にも話して聞かせたストーカー男の所業に腹の中が煮えたぎるように感じるのもそうだが、


「めっちゃ肩震えてたんだよなぁ」


 ぽつり、と赤尾自身完全に無意識ではあったが呟きがこぼれた。

 昨日の出来事で一番記憶に強く焼き付いていたのは、自分を試す視線でもなければ、坂崎の卑劣な所業でもなかった。待ち合わせの教室にたどり着き、桃宮が先に入って、そのあとから赤尾が入った瞬間、依頼人の三島は少し離れていてもわかるくらい露骨に肩を強張らせたのだ。もはや視界に男が映るだけでもそんな反応をするほど参っているのだと、依頼の内容を聞いてすぐに察した。

 傍観者を決め込むつもりでいたのに、気が付けば話の内容に前のめりになりながら加わって、あまりの勢いに依頼者を怯えさせ、最終的には言うつもりもなかった言葉まで。


 ――絶対、お守り取り返しますんで。


 思い返せば思い返すほど「なぜ口走った」とその時の自分の頭を叩いてやりたい。

 言っちゃった以上は傍観者っていうのもよくないよなぁ、なんて深々とため息をついていると、自分の向かい側の席から生暖かい視線を感じた。顔の向きを正面に戻してやると、竹沢が口元を軽く押さえながらこちらを見つめていた。よく見れば肩が小刻みに揺れている。と言っても昨日の三島のように恐怖からくる震えではないことは目元を見ればすぐわかった。


「なに笑ってんだよ竹沢」

「いやごめん、ちょっと楽しい」

「楽しいってお前」


 不貞腐れた目で睨みつけてやると、返ってきた返事はちょっと予想外のものだった。野次馬根性にありがちな「面白い」というのと先ほど竹沢が口にした「楽しい」は、似ているようでニュアンスがちょっと違う。


「なんか、あんだけ部活を面倒くさそうに拒否してたのに、体験入部して一日で態度変わってるんだからな。見てる側からすれば楽しいことこの上ないって」


 ああでも気を悪くすんなよ、と竹沢はまだ口角を緩く上げたままで続ける。


「なんつーのかね。いい傾向というか、変わり方というか、そんな感じのやつ?」

「わけがわからん。何が言いたいんだよ」

「要するにさ、ちょっと放っておけないんだろ、その依頼人の話」


 そう話した竹沢の表情は、十年越しの付き合いでもあまり見ないものだった。

 軽い感じで投げられた言葉が思った以上に胸の中心辺りに刺さった気がして、赤尾は咄嗟に言葉を返すことができなかった。

 図星を突かれたとは自分でも思う。思うが首を縦に振るのはなんだか癪だった。


「そんな訳ないだろ、俺はあくまでも体験入部だし。さっさとあの部長が出した条件済ませて、正式入部して、次の日には退部してやるんだからな」

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