第2話 ― 6
***
竹沢の助けがあったとはいえ、昨日の今日で赤尾が部室に持ち帰った情報は、桃宮の予想以上だったらしい。見開いた目は驚き半分、面白がり半分といったところだろうか。
「赤尾くん、その友達……竹沢くんだっけ? 彼に、将来は探偵業をやれって伝えてほしいんだけど。びしばし活躍して、格好よさそうじゃない?」
「もう言いました。笑って拒否されました」
あら残念、と軽く返した桃宮だが、面白がってる表情は変わらないので言葉ほど残念がっているわけではなさそうだ。
しかし同じことを言った割に理由は「儲かるから」という自分に比べて「格好よさそう」と来たか。赤尾は少し苦い気持ちになる。純粋さを感じる理由で直視しづらい。
外見が子供っぽいこともあってなおの事、夢見る子供と現実に擦れてしまった大人の対比のようで居心地悪く感じられた。
「それにしてもすごいわね、その友達。さっきの推理ね、だいたい全部当たり」
「まじですか」
誰に向ければいいのかわからない申し訳なさを赤尾が胸の内で持て余していると、ふいに桃宮からそんな言葉を投げられた。桃宮のほうも坂崎について、それなりに話を集めていたらしい。特に同じ二回生であることや、文芸部として情報集めの経験値が既にあったぶん、友人の推理に過ぎない赤尾より情報の精度は高いだろう。
「一応、同じ二回生で坂崎の事直接知ってるやつ探してみたのよ。友達とか受けてる講義の講師とかね」
そうして集めた情報と、赤尾が得てきた情報は完全に一致したという。
月曜と水曜の時間割が穴だらけで、埋め合わせのように火曜日が過密スケジュールになっているところまで正解だった。おそるべし竹沢である。
「とりあえず、行動パターンはこれで読めるわけだから。あとはお守りの奪還ね」
「簡単に言いますけど、できるんですかそれ」
「そりゃあ、作戦くらいあるに決まってるじゃない」
桃宮が自信満々に頷く。
「こういう時のために茶原はいるのよ」
「あんた茶原先輩を何だと思ってるんだ」
何か作戦でもあるのかと思った自分が馬鹿だった、と赤尾は顔をしかめた。
要するに大柄・
昨日刺激しないようにせねばならないと言ったのは桃宮自身ではなかったかと問い詰めてみても、桃宮は平然と「そりゃあ状況が違うんだもの」と言ってのけた。
「相手がどこにいるかもわからない、何をしてくるかも予測できない間に刺激したら対応できないけどね。場所がわかってて動く前に取り押さえられるなら話は別よ」
「それにしたってもっと穏便な方法あるでしょう! そもそも茶原先輩の意思はどこですか!」
昨日赤尾が訪れたのと同じくらいの時間だが、今日はまだ講義が残っているのか茶原も来ていない。今文芸部にいるのは赤尾と桃宮だけだった。
そういえば文芸部の部員って他に誰がいるのだろう、とふと赤尾は考えた。さすがに部員が桃宮と茶原だけでは部として成立していないだろうし、他にもいるだろうということはわかるのだが。
そんな風に考え事をしていると桃宮はその横で「まああいつの意思については、正面からお願いすればなんだかんだ言いながらちゃんとやってくれるし別にいいのよ」などと言いきった。
「わかりましたから、それは本当に最終手段にしましょうよ……だいたいそれ、取り返すときはいいですけどほとぼりが冷めてから俺たちの知らないところで三島さんに復讐とか行きそうじゃないですか」
男女関係のトラブルが流血沙汰や刑事事件に発展するというのは珍しい話ではない。お守りを取り返して解決したと三島が安堵した日の帰り道、背後から逆恨みした坂崎が――などというのは、坂崎が既に行っている所業を考えると決してイメージしにくいものではなかった。
そうならないためには、奪い返して終わりにするのではなく、その後の逆恨みで動かないよう釘を刺しておくのが重要になってくる。
そう話すと、桃宮は何を言い返してくるでもなくただ赤尾のほうを無言で見つめてきた。
「あの、何すか」
「赤尾くんが、思っていたよりもちゃんと依頼に付き合ってるから驚いてる」
わずかに身構えて尋ねるとそんな風に言われて、赤尾としては少々気恥ずかしい。言われて初めて自分が依頼に前のめりな態度になっていることを再認識させられたのだ。
昼に竹沢から突っ込まれたときはまだ「依頼だから」と言い訳ができたが、今回は「依頼を達成した後、逆恨みがないように」と完全に依頼の外側まで考えてしまっている。そのことに気付くのは、なんだか受け入れづらい照れくささがあった。
「依頼に付き合っているのは、桃宮先輩がそういう条件を出したからです。それ以上も以下もありません」
「本当に?」
意図的に視線を横へ反らして、突っぱねるように頑なになった言葉を吐き捨てたのだが、桃宮はわざわざ赤尾の顔を覗き込んできて問いただしてきた。その目がまた例の試すような色合いになっていることを、気付きたくもないのに嫌でも気づかされる。
いい加減その視線に晒されるのがつらくなってきた赤尾は咄嗟に「飲み物買ってきますんで」と部室の外へ早足で逃げ出した。ああ自分は今逃げているのだ、と自覚があるのが余計に嫌だった。
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