第7話 ― 2
大学生の夏休みというのは、正直言って長すぎる。
大学一回生にして赤尾はそのことを早々に学んだ。
高校時代までならせいぜい一カ月程度だったが、大学生になるとこれが八月丸ごとに加えて後ろの九月も半分ほどを夏休みに持っていかれる。人間というのは難儀なもので、今までの夏休みはむしろ日付が足りない、もっと遊んでいたいという気持ちが強かったはずなのにそこに半月上乗せされるだけで退屈のほうが勝ってしまうらしい。
赤尾もその例にもれず、夏休みの序盤から中盤まではまだよかったものの、九月に入ってからはバイト以外ではすっかり退屈を持て余し、夏休みの終了はむしろ両手を上げて歓迎したほどであった。高校時代までを振り返れば気でも狂ったのかというような反応だ。
「特にこれと言った課題が出てないっていうのも大きいんじゃねえのかな」
そんな退屈だった夏休みを乗り越えて、九月半ばのこと。久々に大学内で昼休みの昼食タイムを迎えた赤尾に、親友の竹沢はそんな持論を展開していた。ああ確かに、と赤尾も納得顔になる。
八月が終わるまではうんざりするほど暑かった空気もすっかり冷えて、昼間は過ごしやすい気候になりつつある。時折吹く湿気の少ない風も心地いい季節になってきたが、その反面日が暮れ始めると途端に肌寒くなってしまう。その影響もあってか二人とも夏と比べて服の袖がすっかり長くなって秋仕様だ。
そんな秋の空気でも食堂の人気は衰えるところを知らない。今日も二人がいるのはいい加減定番と化してきたカフェのほうだった。
「高校まではさ、夏休みっていえば山のように積まれた問題集だの読書感想文だのと七面倒くさいような厄介ごとが必ずついてきただろ? それこそもう、教師から生徒への嫌がらせかってくらいにさ。それが殆どねえのに時間だけが伸びてるんだもん、暇になるのも当然だろ」
「確かにな。いつもなら夏休みって毎回お前に泣きつかれてなかったっけ俺」
毎年懲りずに八月末まで遊び倒しやがって、と赤尾が毒を刺すと竹沢は急にカフェの窓から見える景色を眺めるのに没頭し始めた。
高校までの夏休みであれば、八月の最終週になるまで竹沢はやれ旅行だのやれお祭りだのと遊び歩いて、最後になってから赤尾の方に「宿題手伝ってくれ、頼む!」となるのが定番だったものだ。
「それで赤尾は夏休みどうだったんよ、遊んだりした?」
「そんな余裕あるか。バイト三昧だよ短期の」
引っ越し業者の手伝いに、イベントスタッフに、治験も一度。可能であればコンビニなどで長期のバイトをいい加減獲得したかったのだが、大学周辺で時給がそれなりに良い所を探すとこれがなかなか見つからない。されど苦学生としてはお金が欲しいというわけで夏休みは可能な限り短期バイトを詰め込んだ。
よくやるわほんと、と話を聞いた親友は深々とため息をついた。
「せっかく花の大学生活、もうちょっと享楽に溺れたって罰はあたらんだろうに」
「アリとキリギリスの話知ってるか、お前。これ多分毎年この時期に言ってると思うんだけど」
冬の訪れに向けて早い時期から準備をするアリと、楽器を弾いて歌って過ごしたキリギリスの有名なイソップ寓話だ。最後には冬を乗り切る食事の準備すら怠っていたキリギリスが飢え死にしてしまうというのが原作だ。今までは夏休みの終わりに宿題を終わらせていない親友を
案外この親友なら直前まで遊び歩いていても難なく冬を切り抜けそうではあるなと思わなくもないが、赤尾はあえてそれ以上を口にしない。
「夏休みの間、文芸部のほうはどうよ。なんか活動あったん?」
露骨な話題変更は自分が不利と見極めてのものか。あまり追い詰めるのもかわいそうで赤尾はその誘導に乗ってやりたかったのだが。
「部活の方は、これといって変化なくてなぁ。やっぱり文芸部そのものは夏休みに部室へきて熱心な活動するようなもんでもないし、ヒーローごっこのほうもほら、依頼を持ち込んでくる人がそもそも夏休みは少ないからさ」
俺としても何かやることがあればよかったんだけどなぁ、とはさすがに声に出さず、胸の内に秘める。竹沢にしてみれば赤尾のスタンスは文芸部にそれほど積極的なものではないように映っているはずで、そのイメージと相反するその一言は口にするのが気恥ずかしかった。
たとえば依頼があって忙しくしていれば、余計なこと考えたり変な夢を見る暇もなかったかもしれないのに。そんな不満は間違っても口走らない。
夏休みに入ったくらいからだろうか。ごくまれにしか見なくなっていた幼少期の自分の夢は、微妙に形を変えてその頻度を増やしてきていた。今までなら単なる記憶の追体験でしかなかったものを、妙に精神への負荷が強くなるように歪んでいるのがまた悪質である。
必然的に寝覚めも悪く、赤尾が夏休みをバイト三昧にしたのも実はこれが原因の半分を占めているくらいだ。忙しくバイトをして、疲労困憊で帰宅してすぐ熟睡すれば夢は見なくて済んだ。
予定が無くて一日ゆっくり過ごしてしまったりするとその日はほぼ確実に例の夢で、夜中に寝汗をかきながら飛び起きる羽目になった。それは夏休みを終えた今でも。
「その割にはお前顔色悪くね? バイト疲れにしても相当酷いぞ、夏バテか?」
赤尾がそんな理由ですっかり参っているとは知らない竹沢は、なんだかつまらなさそうな口調で雑に赤尾を気遣ってくれた。
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