第9話 ― 2
それで、と竹沢が問いかけてきたのは、ひとしきり憤慨して気が済んでからだった。
「どうやるのか、決めてんのか?」
「え?」
やるって何を、と聞き返すと、竹沢は「何を言ってるんだお前は」と言わんばかりの目で赤尾の方を見つめ返してくる。
「助けに行くんだろうが、その部長。お見合いの時間は夕方からだし、まだ手を打つ時間は残ってるぞ。俺は何を手伝えばいい?」
当り前のように出てきた言葉に赤尾は返す言葉を失った。
「助けに行くつもりだったのか、お前」
「馬鹿野郎、助けに行くのはお前や文芸部の人らだろうが。脅しのネタにされて大人しく座って見送るつもりかお前。俺は相手があのババアだから、邪魔と嫌がらせができればなんだっていいんだよ。そもそもな、助けるつもりがないならなんで脅されてる内容なんかわざわざ話すんだよ。ババアの鼻っ柱へし折るための作戦会議じゃねーのかこれは」
俺はお前がそのつもりだと思ったから教えたし、そのつもりだと思ったから事情を聞いたぞ。何の迷いもなくさらりと言われてしまうと納得してしまいそうになる言葉だった。
「けど、先輩はもう諦めてた」
「そりゃ本人からすりゃ諦めるしかないだろうよ」
「相手は偉いとこのコネあるっての本当みたいだし、俺ができる事なんて何も」
「だから手伝えることねーかって聞いたんだろ俺は」
「先輩は周りに迷惑かけたくないからって言ってたのに、首突っ込んだら嫌がるのは先輩だって」
「あのなあ赤尾」
数回の問答で竹沢の導火線に火がついたのは見て取れた。明らかに不機嫌そうな目がこちらを見据える。
「さっきから聞いてりゃ、全部後ろに『だから助けに行く必要ない』ってくっつけられそうな話ばっかりじゃねえか。お前その部長嫌いだったっけか? お見合いに連れていかれてザマーミロってか?」
「それは、違う」
そこだけは断じて違う。なんだかんだと言いながらも文芸部で過ごすのは楽しかったし、桃宮の事だって部長として嫌いな人種ではなかった。
助けに行く必要がないなんてことは思っていないがむしろ逆だ。
「助けに行く資格がねーよ俺は」
諦めている人間はヒーローを名乗る資格などない、ヒーロー失格だと赤尾は昨日桃宮を詰った。その言葉はそのまま自分に刺さる棘でもある。十年も前から赤尾の心に刺さる、氷のような冷たい棘だ。
ちらりと伺った先の親友は、怒りというよりも悲しそうな顔をしていた。
「なあ、赤尾。ちょっと関係ない話するぞ」
そんな前置きが竹沢の方から飛んできた。何事だ、と視線が伏せ気味になっていたところを持ち上げてみると、親友はカフェの窓から外の景色を眺めつつ、拗ねたような表情になっていた。いや、拗ねているというよりは、
――悪戯や悪だくみが見つかって白状させられている子供のような。
「文芸部にお前が仮入部する前から、あの部がどういうとこか俺知ってたんだわ。そんで、お前に仮入部行ってこいって話すよりも前に依頼出してんの俺」
適切な例えが出てくるのと、竹沢からのカミングアウトはぴたりとタイミングが一致した。
「待て、お前それマジか」
「仮入部の時も今日も、お前俺の情報網がどうとか驚いてただろうが。そんだけあちこちで話聞いてて、なんで知らないと思うんだよ逆にさ。うちの大学で文芸部っていえばもう直結でお悩み相談部って通じてるだろ、学生の間じゃ」
「いや、そうだけど俺ら入学してあまり経ってなかっただろ! ってか依頼してたって何をだ!」
「俺の親友のヒーロー願望をもう一回復活させてやってくださいって。例の部長さんに」
不意打ちを食らった気分で思わず言葉をなくした。それは初耳だ。
「ちょうどあの時期から全然その名前を口にしないわテレビも見なくなったわ、同時にどんどん冷めた態度ばっかり取るようになるわ、滅茶苦茶気にしてたんだよこれでもさ」
赤尾にもそこは覚えがある。ちょうど正義のヒーローという存在を「すっぱいぶどう」の枠に押し込んでからはずっとそうだった。
「別に思考が読めるわけじゃないけど、ああ諦めちゃったんだなってのはわかったよ。作文でヒーローのこと書いてからだもんな、あのババアに目をつけられたの」
覚えているのは自分だけで、それも何度も夢に見るほど引きずっているからだと思っていた。どうやらこの親友は赤尾が思っていた以上に当時の事を記憶しているらしい。
「仕方ないとは思ったけどさ、やっぱ昔の、正義のヒーローが大好きだーって笑ってるのがもう一回見たいじゃん。それで頼んだら、お前を入部させて目を覚まさせるって話になってな。仮入部の時点でびっくりしたわ、ほとんど昔と同じ燃え方してるんだもんな。散々どうしようもなくて傍観してたこと、一日でここまで復活させるのかよってビビった」
まあそのあとちょっと暴走もあったみたいだけどさ、とは少し前の、写真部での話だろうか。竹沢の視線は仮入部の時にも見た、真っすぐこちらを見据えてくる視線だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます