第9話 ヒーローの記憶を赤色に

 メッセージアプリで久々に待ち合わせをした時刻は、普段なら昼休みのところを今日に限って午前中だった。指定をしてきたのは竹沢のほうである。普段なら赤尾も竹沢も講義が入っている曜日と時間だが、赤尾は何のためらいもなく飛びついた。

 一にも二にもまずは喧嘩の仲直り。それから後には話したいことが山ほどある。


「酷い顔してんな、赤尾」


 合流場所は例によってカフェの方だった。午前中でも一応食券の先買いなどができるようにと食堂自体は既に解放されているし、一限目や二限目の講義があるような時間に混雑することはないのでそちらでも問題はなかったのだが、いい加減カフェの方へ通い過ぎて二人とも馴染んでしまった。

 数日ぶりに顔を見た親友がこちらの顔を見るなり言い放った言葉に赤尾は目をそらす。さすがにいい歳した男が泣きじゃくったわけでもないので目元が腫れているなどではないが、昨日の桃宮とのやり取りで精神的に少し参ったのと、走った疲れと。深く寝入ったことで朝に寝坊しかけたせいでてんやわんやしたことも顔の疲れには含まれているだろう。


 色々話したいことはあるが、まずは言うべきことがある。


「この前は、ごめん」


 そう言って赤尾が頭を下げると、竹沢はこちらを見ないまま「おう」と一言だけだった。


「別に一条を許したとかじゃないんだけどさ、俺も。あのままだと竹沢、殴りかかるんじゃねえかなって思うと、暴力沙汰は余計に話がこじれるんじゃないかと」

「わかってる。そもそも俺が怒鳴り散らすことでもないしな、本来。本当に殴ろうとしてたとこだったから、止めてもらったことは今更だけど助かった……っていうかな、先に謝るんじゃねーよ。あの場で殴るの止めたお前の方が正しいだろ、本来俺の方が血の気多くてごめんって言う所だぞここ。タイミング完全に逃したじゃねーか」


 髪の毛をかきむしりながら竹沢は続ける。


「俺の方こそ、悪かった。ごめん」


 赤尾がそれに頷いて、ようやく竹沢の表情から硬さが無くなった。こういう時に長話をせず、さっぱりと仲直りができるというのは長い付き合いだから得られる特権かもしれない。赤尾も竹沢も、こういう時にグダグダと謝り合戦を続けるのは好きではないからこの方が気が楽だ。

 それよりも今は大事な話がある、と竹沢が話を切り替えてきたので、赤尾の方もそれ以上は引きずらずに表情を改めた。


「お前のとこの部長の話だ、赤尾。メッセージでももう言ったけどな」

「それなんだけど、お前ほんとああいう情報どこから仕入れてくるの」


 先輩も驚いてたよ、と付け加えると竹沢の口端がわずかにだが自慢げに吊り上がった。コミュニケーション能力っていうのはこういう時に活かすもんだ、などと勿体ぶった口調でふざけてくるのは直前までの話題の反動と、酷い顔してると評された赤尾を少しでも笑わせようとしているからだ。


「その辺でテキトーな雑談する程度の仲良しなら、もうあっちこっちにいるからさ。学校内で目撃証言集めたりするくらいならこれだけで余裕。ちょっと込み入った話とかもほら、相手が事務局に顔を出す人間なんだから事務局に友達作っちゃえば結構簡単に聞けるぜ」

「お前なんなの、諜報員でもやってんの」

「それで飯が食えるならやってみたいもんだよ。あ、さすがに話を教えてくれた個人の名前は内緒な、あんまりベラベラ広めたらさすがによくないから」


 軽い悪ふざけ口調でもしっかり釘を刺していく親友だが、そもそもこんな話を誰彼構わず言いふらす予定が無い赤尾には無用の釘である。どちらかといえばそんな警告をせねばならないようなルートで話を持ってくるお前の方が大丈夫かと問い詰めてやりたいところだ。

 さて真面目な話だが、と竹沢は冗談を言う時の笑顔を引っ込めて真顔になる。ここからは赤尾も表情が苦々しくなる内容だ。


「部長さんから話は聞いたんか、お前」

「聞いたけど……本人がもう、行くしかないって諦めてた」

「諦めてたって、行かなきゃ殺すとか言われてるわけでもなかろうに」


 少なくとも桃宮にはそれに近い強制力を持った脅しはかかっている。情報網お化けの竹沢でも掴んでいなかったらしい事情を、内心で桃宮に詫びつつ赤尾は少し声量を抑えた声で語って聞かせた。

 ――別に誰彼構わず言いふらすんじゃないから、これは必要な説明だから、というのは言い訳だと分かっていても、一応脳内で唱えておく。


 事情を聞いた竹沢の反応はおおむね赤尾の予想通りだった。激怒である。

 元々仮入部の頃にも、ストーカー男の事を「男の風上にも置けない」と吐き捨てていた江戸っ子気質の親友である。仲のいい相手を貶めることを材料にした脅しというのは許容できない手段の最たるものだろう。相手があの一条ならなおさらだ。


「ほんっとあのクソババア人間として終わってやがるな。あれが教師やってた時点で日本は半分終わってるだろ」


 内心では同意だが、さすがに大っぴらに乗る度胸は赤尾にはない。曖昧に笑って流すことにした。

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