第9話 ― 6

「けど、赤尾くん。あたし話したでしょ? お見合い行かなきゃならなくなった理由」


 それどうにかできるの、と問いかけてくる桃宮の表情からはすっかり情けない笑顔は消えていたが、それゆえに指摘する点もはっきりしている。

 そうよ、と桃宮の言葉に乗っかってきたのは隣にいた一条だ。さっきから赤尾が自分を無視している状況がよほど我慢ならないらしい。以前竹沢が殴り掛からんばかりの勢いで罵った時と同じように、顔を真っ赤にさせて顎肉を震わせながら二人の間に割り込んでくる。


「胡桃ちゃんにはもう言ってあるけどねえ、私はここの学校にも顔見知りがいるのよ! 私はこの子のためを思ってやっているのに、あんまり聞き分けが悪かったり邪魔をしてくる部外者がいるようなら、こっちにも考えがあるわ!」


 キーキーと金切り声をあげるのが耳障りで、いい加減無視するのも難しくなってきた。赤尾は軽くため息をついてから、一条の方へ視線を向ける。


「その考えっていうのは、俺や文芸部の先輩方を退学にでもしてやるーってやつですか」


 幼少期に袋叩きにされたおかげで、ポーカーフェイスには多少の心得がある。虐げられても堪えた様子を見せなければその場では相手も早々に飽きるものだから早い段階で会得した。

 そんな赤尾の無表情で淡々と手の内をばらしてやると、一条が鼻白むのが分かった。


「……ええ、そうよ! この大学からまともに卒業できると思わない事ね! 経歴が滅茶苦茶になっても、それは私の邪魔をするあなたが悪いのよ!」

「それは、俺だけですかね、退学くらうの」

「邪魔するのがあなただけなら、あなただけよ」

「文芸部の他の先輩方が邪魔したら?」

「その子達もかわいそうだけど、来月くらいからは大学に来れないわねぇ」


 じゃあ、と赤尾は一歩横にずれて、自分が背を向けていた方向を手で示した。


「あの人たち皆そこの部長に恩があるそうで、あなたの邪魔するらしいっすけど。全員退学ですか? できるんすかね、ちょっとしたニュースくらいには取り上げられると思いますけど。外部からの圧力で同時期に一斉退学って話で」


 そう言って示された方向を見た途端、一条の顔が完全に硬直した。隣にいた桃宮も呆気にとられた顔になる。

 竹沢を先頭にして、その横に茶原と橙山。その背後にいるのはいずれもこの大学の学生だが、その人数は十や二十ではない。それらの人々を、桃宮は見たことがあるはずだった。


「桃宮先輩、この大学入ってからほんとに色々やってきてたんですね。茶原先輩がこういうのも活動記録としてまとめてたからそれを頼りに昼休みまで手分けしてあちこち駆け回って、頭下げて回ったんですよ。ちょっとは感謝してください」


 そこまで言って、一呼吸。表情はそのままに桃宮の視線が赤尾の方へ向くのを見て、赤尾は続きの言葉を口にした。


「先輩が文芸部立ち上げてから今までに、依頼を受けて解決した人たちです。トラブルを解決してもらった人や色恋沙汰を取り持ってもらった人、直接関係したわけじゃないけど友達が世話になったって人から活動をこっそり応援していた事務局の職員さんまで。全部……全部先輩がヒーローやって来たから来てくれた人たちです」


 背後に控えている中には赤尾が関わってきた依頼の人物もいる。仮入部の時の三島や、桃宮と直接関わったわけではないはずの写真部の榎園まで。だがその大半は赤尾が顔も見たことがない、赤尾入部前の桃宮への依頼人だ。


「赤尾くん、えっと、これ何、どういうこと」

「今言った通りですが。桃宮先輩のヒーロー活動実績がそのまま助けに来てるだけです。ヒーローが今まで助けてきた人たちが、ヒーローのピンチに駆けつけるって定番じゃないっすか」

「いや定番だけど! こんな人数どうやって集めたの!」

「俺に聞かんでください。俺は人が集まってから頭下げて回っただけですし。集めたの自体はうちの親友ですから」


 正直な所、想定していた人数はこの半分かそれ以下だ。それをどんな魔術を使ったのやら、赤尾が人集めを手伝ってくれと頼んだ竹沢は嬉々として情報網を駆使し、昼休みの最後には二十人ほどが赤尾の話を聞きに来てくれたのである。

 恐ろしいのはその後で、広めた噂が尾びれ背びれをつけて肥大化し、この場に集う人数は最終的にそこから一回り以上も多くなっていた。非現実的とさえいえる光景に赤尾は最初めまいがしたし、茶原も似たような状態だった。面白がっていたのは橙山くらいである。


 何はともあれ。


「昨日言った、ヒーロー失格は取り消します。こんだけ人助けして、こんだけ人を動かせるくらいの事を今までやってきたっていう証明がこの人数です。普通有り得ないでしょ、こんな人数が一人のために動くとか。少なくともこの大学において、先輩は正義のヒーローです」


 ヒーローのフリして頭下げて回るしかできない俺よりずっと。そう赤尾が宣言すると、桃宮は腰が抜けたのかその場にぺしゃりと座り込んでしまった。

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