第10話 ― 3
赤尾のため息など気付きもしないようで、飯塚はげんなりした様子のまま話を続けた。
「練習試合が酷い結果だったみたいでさぁ。それで拗ねちゃったのか何なのか知らないけど少しずつ部活に参加しないまま家へ帰ってくることが増え始めて、最近はもうすっかり幽霊部員。最後に部活に行ったのはもう一カ月前なんじゃないかなぁ。それまでは平日毎日行ってたくらいだったのに」
きっかけになったと思われる部内練習試合があったのはもう半年ほど前になる、と飯塚は語った。
依頼人の慧自身も含めて家族一同、練習試合で惨敗したということは聞いており、当初は「そんなにもショックだったのだな」と立ち直るのを見守っていたという。
最初は一週間程度で立ち直って練習に打ち込むかと思っていた。しかし一週間がたっても練習をサボる頻度は変わらない。
ならば一カ月もあればやる気が戻るだろうと待っていた。ところが今度はサボりがむしろ目立つようになった。
二カ月、三カ月と徐々に飯塚弟が放課後の帰宅が遅くなる回数は減っていき、試合の悔しさから立ち直るのを待っていようとしていた家族の表情もそれと比例して曇っていく。剣道をする弟を特に応援していた母親の眉間に皺が増えるにつれて、新たな問題も見え始めたそうだ。
「帰って来てからも、もう全然なんにもしないんだよな。一日中部屋でぼーっとしてんの。見かねて俺や父さんが、剣道はどうした、って聞いたんだけどな。そうしたらすっげー冷めた感じの目で、やっても無駄だしもういい、とか言うだけなんだよ」
「あー……それは、なんというか」
これは果たして燃え尽き症候群と言うのだろうか? まず真っ先に出てきたのは、この依頼を紹介してきた親友から聞かされた概要への疑問である。
視線をそちらへ向けると、竹沢は竹沢で首を傾げて難しそうな表情をしていた。そうしているうちに視線に気づいたようで、目が合った赤尾に向かって口を動かし、声に出さずに何かを伝えようとする。
――お、れ、も、き、い、た、だ、け。
俺も聞いただけ、とのことらしい。依頼の概要が妙にずれているのは竹沢ではなく、飯塚の方に原因があるようだ。
これは、ここで話を聞いても無駄かもしれない。赤尾は顔にこそ出さないよう意識したがそう判断せざるを得なかった。
その部活をサボっている弟を直接に知らなければどうしようもないというのも事実だが、それ以上に「この兄に聞いても見当はずれなことしか言うまい」という確信の方が強くなっていた。
露骨に原因となっていそうな点を把握していながら気にも留めていなかったり、明らかに挫折や拗ねていると表現した方が正しそうな受け答えを経て平然と「燃え尽き症候群」等と言ったり、どうにも正確に状況を理解できているとは思えない。
ここで話を続けたからと言って明確な解決法が出る気配はゼロだった。
そうなれば、取るべき行動は。一応桃宮の方を見て、視線で赤尾は問いかける。
相変わらず中学生かと思いたくなる童顔が小さく頷くのを確認してから、飯塚に再度視線を戻して赤尾は口を開いた。
「とりあえず、ここで聞いてるだけじゃわからない事も多いです。もし問題なければ、ええと……明日とか? その辺のタイミングで弟さんに会わせてほしいんだけど」
「直接かぁ」
ううむ、と飯塚が顎に手を添え、考え事をする構えを取る。だがそれはほんの数秒で、返事が返ってくるまでに十秒も必要としなかった。
「今日じゃダメか? 丁度両親どっちも用事で帰りが遅くなるはずだし、弟は間違いなく家にいるだろうし。うち結構大学の近所でさ、移動も通学定期の圏内でバス一本で済むけど」
予定外のレスポンスの速さに今度は赤尾の方が面食らう格好になった。
さすがにここまでくると依頼を聞く練習感覚で決めるわけにはいくまい、と上級生二人に判断を投げる。返ってきたのは再び頷きだった。
橙山に至っては「私らもちゃんとついていってあげるからさ」とウインク付きだ。存在は知っていても滅多に見ることのない仕草だが、美人から向けられると想像以上に気分が良い。
たとえ相手が若干普段の振る舞いに難があると知っていても一瞬ときめくのだから相当なものだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて今日ってことで。今からで大丈夫か?」
依頼を聞く緊張とはまた別の理由で軽い深呼吸をしてから、赤尾は飯塚に向かってそう尋ねた。
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