第4話 ― 5

「やっぱあれか、撮影ってハードなのか。ほら、なんか光の調整とかで白い板みたいなの持ったりすんの」

「いや、それ自体は確かに長時間やってるとしんどいけど、思ってたほどじゃないんだよ。向こうもこっちが素人なのわかってるから、最低限の手伝いで済んでるし」


 机越しに親友がそう言って、両手を軽く上に掲げる。おそらくは撮影機材のレフ板を持っているジェスチャーなのだろう。赤尾は緩やかに首を横に振った。

 モデルの依頼を橙山が引き受けたまではよかったが、その際にできればアシスタントも欲しいとのことだったので、結局赤尾はそちらに駆り出されることとなったのだ。謎の作家である花桜夢子の捜索も同時に行うが、あくまでそちらはおまけ程度で、撮影の手伝いのほうが重要だと言われたためである。榎園に――ではなく、茶原にだ。

 ではその茶原が花桜夢子探しをするのかと思えばそれもまた違う。重たい機材なども使うことを考えて、茶原まで撮影のアシスタントについたのだ。人物探しのほうは後日桃宮に頼むからと、これもやはり妙に必死な茶原に押し切られた格好になる。


 釈然としないものの、あまり深く突っ込むとそれはそれで怖いので赤尾としては首を縦に振るしかなかった。下手にこの点を追求すると命にすら関わりかねない。

 それでもまだ、その点は赤尾自身が呑み込めばそれだけで済む話ではあった。疲労困憊の理由はまた別にある。


「撮影中にさ、なーんか妙なトラブルってか、事故が続くんだよ」

「事故? え、どういうこと」


 レフ板を持ったつもりのパントマイムをしたまま固まった竹沢がこちらを見て眉根を寄せる。その視線に答えて赤尾は指折り数えながら口を開いた。


「まず依頼があった次の日。つまり一昨日な、夕方時間が空いてから大学の花壇を背景に撮影って話だったんだけど、いざ行ってみたら花壇がめちゃくちゃに踏み荒らされてて、俺たちがやったんじゃないかって事務局に疑われた。疑いを晴らして、仕方ないから別の場所で撮影しようとしたんだけど、持ってきた機材を広げてみたらほとんどが使い物にならないくらい壊れてた」

「なんだそれ、持ち運びが雑だったのか?」

「普段触らないような本格的な機械を雑に扱うほど俺も茶原先輩もズボラじゃないって。榎園先輩も持ち運び方に変な所はなかったって言ってたし、あれは写真部部室から持ち出す時点でもう壊れてたんじゃないかって」


 それでも、その日は橙山に撮影モデルの雰囲気を軽く掴んでもらうという目的もあったらしく、使える機材を用いてその場でいくつか試し撮りをすることはできた。

 実際にコンテストに応募する写真とはならなかったが、榎園も練習としては満足のいく出来だったと言っていたし、赤尾や茶原もそれほど苦労はしなかった。橙山自身などは普段経験することのないモデルという立場がすっかり楽しくなったようで、途中からは自分で「どうせ練習なら、こんな感じの写真も撮ってみたい」などとシチュエーションのリクエストまでしていたほどだ。

 問題はその翌日。つまり昨日だ。


「まず昼休みな」

「ああ、昨日は用事あるから別行動でーって言ってたの、撮影だったのか」

「そのはずだったんだけどな。結論から言うと撮影はできなかった。榎園先輩の一眼レフが行方不明になっちゃってな。探し回ったけど見つからなくて、結局昼休み終了直前になって写真部の後輩が部室で発見。それまで俺と茶原先輩あっちこっち走り回っててさ。しかも妙なんだよ」


 どこが、と目で尋ねる友人に赤尾は続けて、


「その日って榎園先輩、午前中は部室に一度も立ち寄ってないらしいんだよ。だから部室に置き忘れる理由がない」

「機材取りに行って忘れたとか、前日に置いていったとかは」

「可能性はゼロ。あの人ほんとあのカメラ大事らしくてさ、講義の最中以外はずうっと首から提げてんの。前日も解散する直前はちゃんとカメラあったし、そのあとで部室には立ち寄ってないらしいし。昼休みに機材取りに行く直前には紛失してたらしいよ。講義の合間にうたた寝してたら消えたそうだ」


 随分ときな臭いな、と竹沢がつぶやく。最初のうちは心配ではあってもまだ苦笑して話を聞いてくれていた彼だったが、ここまで聞いた時点で眉根をきつく寄せて怪訝そうな表情だ。

 この時点で既に心配をしてくれている親友には心苦しいが、昨日の放課後はこの比ではなかった。


「放課後はもっと露骨な手段で妨害されたよ。撮影場所に向かう途中、曲がり角からボールが飛んできたり、通路に画びょうまかれてたり。撮影予定の場所は屋外だったんだけどさ、すぐ隣の校舎から大量のペンキがぶちまけられたんだぜ」

「はあ⁉」

「撮影中になんとなーく上向いたら上の階からペンキ缶持った手が出ててさ、真下にいたの橙山先輩だからあわてて走って庇ったからお気に入りだった服が一着ダメになった。まあ、頭から被ったわけじゃないんだけどな」

「待て待て待て」


 結構ガチのやつじゃん、と竹沢が青ざめた表情で制止する。怪訝な顔を通り越してもうすっかり心配する表情だが、その目は明らかに憤慨している。


「明らかに誰かが意図的にやってんだろそれ、どこのどいつだよ」

「それが分かってないから困っててさ」

「何を呑気に言ってんだお前は! ペンキ掛けられたとか悪質過ぎるだろ、もうちょっと怒れよ! 一歩間違ってればその美人の先輩がペンキまみれになってたってのも許せないだろ!」


 正直な所、昨日もう散々怒ったのと走り回った疲労感、お気に入りの服を失った虚無感などでもう怒る気力もわかないのだが、竹沢はそんなことお構いなしだ。

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