第2話 体験入部は茜色
端的に言って、赤尾雄一はイライラしていた。
校則の関係で強制的に部活動に参加しなければならないと言われ、せめて楽なものをと見学しに行った文芸部では外見年齢中学生の女子が自分の先輩だと見抜けなかったことで機嫌を損ねられ、連れてこられた部室では鬼だか蛮族だかといった具合の大男に(本人にそのつもりがあったかはともかく)威圧された。ここまではまあいい。少なからず自分が悪いのだし、ことさらに食って掛かるようなものでもないだろう。
根性錆びたやつ、という言葉とその時に自分を見た目を思い出す。
可哀そうだから、施しのつもりで、助けてあげる。この言葉にプライドを刺激されないほどに根性なしのつもりは、さすがになかった。これでも逃げる? と視線で試されるのは、自分でも思っていた以上に癪に障るものだった。
ほとんど売られた喧嘩を買うような勢いで体験入部をすると言ったわけだが。
「桃宮先輩」
「どしたの、体験入部くん」
人の気配が少ない廊下を歩きながら、目の前を行く小柄な先輩に声をかける。もう夕方に差し掛かる時間で、時間割によってはまだ講義を受けている人も多数いるが、大抵の学生はそろそろ帰るような頃合いだ。
「赤尾です。俺が体験入部したの、何部でしたっけ」
「文芸部だね」
「ちなみに今、何処に向かってるんですか?」
「本棟三階の空き教室。部室から遠いけど、まあ相手の都合で部室まで来れないみたいだからねー、今回」
「で、俺達何でそこに向かうんでしたっけ?」
「そりゃ、依頼人がここで話をって言って来たからだけど」
「はい待ってください、そこで一旦ストップ」
なによもう、と足をとめた桃宮の顔は少しむっとしている。そんなことはお構いなしに赤尾は勢いよく人差し指を桃宮のほうへ向けた。
「なんすか依頼人って。文芸部の活動にどういう悪ふざけが起きたら依頼だの依頼人だの出てくるんですか。俺の知ってる文芸部と全然違う」
ああ、そういえば言ってなかったっけ。と言ったその口調は完全にふざけている。赤尾が今不機嫌になっている理由は主にこれだった。
三回だ。さっきからもう三度も同じことを尋ねているのだが、そのたびにこうやって悪ふざけだったり聞こえないふりだったりではぐらかされている。
「冗談はいいからもうそろそろ答えてくださいよ。からかうために適当なこと言ってるだけにも見えますよ先輩」
いい加減ちゃんと話してもらいたい。さすがに赤尾が不機嫌になっているのが伝わったのだろうか。ようやく桃宮が根負けしたように深いため息をついた。
「別にふざけてるわけでも、適当なこと言ってからかってるわけでもないよ。っていうかわざわざ新入生からかうのにそんな手間かけてどうするの」
こんなことなら最初から茶原連れてきて説明頼んでおけばよかったかなぁ、なんて不満そうに呟かれる。その茶原については「あんたの顔だと絶対怖がらせちゃうから待機で」と部室に残してきたのは桃宮本人だ。
「赤尾くん、うちの部が作ってるサイトって見たんだっけ?」
「まあ、軽くは」
実際に目を通していたのは文芸部を勧めてくれた竹沢のほうだが。
曖昧に頷くと、じゃあ多分見落としたのかな、と桃宮はなにやら一人で納得している様子だ。
「うちのサイトの中にさ、依頼箱っていうコーナーがあるんだよ」
「依頼箱、ですか」
「そうそう、大学生活でちょっと困ったことや、助けてほしいことをそこに投稿してねーってやつ。たまに部室のほうへ直接来る人もいるけどね」
「なんで文芸部がそんなこと」
それって事務局とかの仕事じゃないだろうか。そういうと桃宮は首を軽くだが横に振った。
「学校の運営側とか事務局ってなると、どうしても動くときは結構問題が重大な時に限られるのよね。で、重大な問題になる前とかに相談しに行っても今対応できる内容じゃありません、とかで返されちゃうことが結構多くて。警察とかでよく言われるのと一緒だよ、まだ実害出てないから直接介入できません、みたいな」
警察に置き換えられると、その話は確かに聞いたことがある。よくストーカー被害に対する対応の仕方などで出てくる話題だ。どれだけ本人が恐怖を訴えても実際に被害が出ていないから動けない、と相手にしてくれないパターンは少なくないと聞く。それと同じだと思えばまあ、事務局が動かないというのはひとまず理解できるが。
「事前に防ぎたい小さな問題とか、個人の間で頑張ったら解決できそうな範囲のトラブルならお手伝いしますよー、っていう部活を作りたかったの、あたしは」
「作ればよかったじゃないですか、文芸部じゃなくてそういう部活を」
「そんな曖昧な活動内容で部活は作れません、って言われたんだもの。その時まだ立ち上がってない部活を隠れ蓑にする以外の方法ないじゃない」
「隠れ蓑って」
まるっきり詐欺師の言い分だ、と絶句するしかない。
要するに文芸部という名前で看板を立てているだけで、その実態は学生お悩み相談コーナーのようなものではないかと思ったが、桃宮曰くそうでもないという。
「隠れ蓑は隠れ蓑なりに機能してないとさすがに目を付けられちゃうでしょ? その辺は茶原が率先してやってくれてるんだよ」
茶原がかなり真剣な顔で自分に逃走を促していたのを赤尾は思い出した。文芸部に文芸部としての活動を期待して来たのなら逃げた方がいい、というのはこういうことか。
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